母の夏
末下りょう

とっくにいない子のとしをかぞえる 母の夏 蒸す子も蒸す芽のゆげを嗅ぎ あさがたの星のようなこめを噛み 麻と稲は波のように朝つゆに濡れひかり おやゆびでおさえたこめかみから蒸すひめの結びめがほどけるように朝にとけいる黄泉のとけい

からの緑の虫籠にとらえた母のことばは 静かに 濡れた羽をひろげ羽化すると
月が地球を隠す時刻に ひっそり兎が詠みにくる


期待はずれの
夏の宿題は 風にめくれ
噛み跡だらけのえんぴつを転がし想像した 揺れるイグサのむこう けぶる古い いくさ

ともだちにかりてかえしたくなくなった王冠とビー玉は カンカンに隠したまま

とっくにいない子のとしほどの 夏の夜 めずらしくおしろいを塗り あかく小さな口を天にむけて 泣いた母
はちのみつのみつかりそうのない焼野ヶ原に ひょうろく玉がひゅるひゅるあがり

しんまいに腹をふくらませ 田んぼでなにものでもないまま遊ぶ 蒸す子のかまどは賑わいにけり



自由詩 母の夏 Copyright 末下りょう 2021-08-23 13:30:52
notebook Home 戻る