八月のドラゴンフライ
石瀬琳々
振り向くと、
肩先をかすめて飛んでいった
風のまにまに光って小さきもの
僕をもう追い越して それは八月のまばゆい光のなかへ
ドラゴンフライ
そのうすい羽の向こうに少女が見える
夏の陽射しははるか緑をしたたらせて
いつかの廃線駅の日盛りで少女が微笑む
洗いざらしの黒髪が揺れている 僕の好きだった少女
曇りガラスに指で書いた「アイシテル」という言葉
笑って逃げていった空色のサマードレスが
羽のようにひるがえって 今また僕を通り過ぎてゆく
(少女はピルエットをまわる 世界ごと、ふくらんで)
僕のまなざしの向こう ひとつの楽園があるように
やさしく繰り返す 君のなまえ 僕のなまえ
もう来ない列車をずっと待っていた、あれは遠い夏
ドラゴンフライ
手も触れずに行ってしまうの なつかしい風のように
のばす指先にほら ただ光っては消えてゆく
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十二か月の詩集