彼女の明るさ
末下りょう

ユーモアは悲しみから生まれると、マーク トウェインは書いたけれど、
彼女の明るさも悲しみから生まれてくるものだろうと彼はなんとなく思った。
夏の遊戯のようにとてもユーモラスに。なんとなく。

誰もいない給湯室や、喫煙所に一人でいるときも彼女はその明るさを消すことはなかった。
まるで明るい部屋で延々と眠っているように。
彼女は特別美人という訳ではないけれど、いつも笑顔を絶やさず、誰からも好かれていて、取引先からも人気があった。

彼はそんな彼女を気まぐれな会話の流れのなかで、でもそれなりに抜け目なくタイミングを見計らって食事に誘った。
彼は初めてデートする相手とは肉を食らいに行くというこだわりを持っていた。
彼女は少し戸惑いを見せる素振りをして、胸の名札をネイルで弄りながら 分け隔てのない明るさで彼の申し出を受け入れてくれた。
平等にケーキを切り分けることは素晴らしいことだと彼は改めて思った。


二人は連休三日目の夜に駅前の靴屋の前で待ち合わせをして、路地裏に店を構える、閑散とした焼肉店の四人がけに座り、看板メニューの塩タンを山ほど注文してウーロン茶を沢山飲んだ。

はち切れんばかりの腹を抱えて店を出ると、ブランコと滑り台しかない小さな公園の方から花火をする音が聞こえてきて、彼女は夜空を見上げて花火の光を探したけれど何処にも見つからなかった。

身体の肉がすべて牛の舌になったような気分の彼は、彼女の横顔を見ながら手を握りラブホテルに向かった。
あまり価格の高くない一室をパネルから選び、煌々とライトアップさせた部屋のベッドでお互いのからだを隈なく舐め合った。
彼女は明るく彼の陰茎をくわえ、彼は明るい彼女の暗い唇を、水を飲む犬のように舐め回した。


休み明けの彼女はいつもと変わらない明るさを周囲に振り撒き、今朝も笑顔でお茶を配り、狭い喫煙所で煙をくゆらせている。
物憂げな表情を見せることなく微笑みを浮かべて煙をくゆらせている。

彼は洞窟の惨めな獣になったような気分で小暗い廊下の壁にもたれながら、彼女の明るい髪の毛を眺めている。
テレビからはオリンピアンたちの雄叫びが響いている。

ぼくは休憩室のソファーに座り、埃を被ったリモコンを手に取ると 目的もなくザッピングを始めた。


自由詩 彼女の明るさ Copyright 末下りょう 2021-08-03 14:30:48
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