花泥棒
やまうちあつし

丹精込めて育て上げた
ユリの花を奪われ続けた被害者が
加害者に言う
「あなたはユリしか目に入らないのか」 
   
「ユリしか目に入らない」
   
ついに言ってしまった
恥も外聞もなく
倫理的にかばいようのないことを
よくぞ言ったものだ
加害者はこのとき
この世で最も
ユリを愛する者だった
   
周囲の者たちはあきれながら
不覚にも感動してしまった
憤慨していた被害者でさえ
被害届を取り下げると同時に
鉢植えの一つを譲り渡そうとした
ところが加害者はあろうことか
贈られた鉢植えを地球に叩きつける

余計なことをしないでほしい
盗んだユリがいいのだよ
いいや
それでなきゃダメなのだ
俺の熱情を甘く見るなよ
お前は俺を告訴しろ
そうでなくては割に合わない
社会から抹殺したまえ
それくらい
お前のユリは美しかった

一輪のユリに
世界がたやすく敗北するなら
それは何という僥倖だろう
泥棒よ
行ってしまえよ
あなたの花しか咲かない場所へ
何も気にせず
全部忘れてかまわない
それこそがこの世の意味
帰ってこなくていいからね 


自由詩 花泥棒 Copyright やまうちあつし 2021-07-31 12:53:05
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