とはいえ瞬く間に喉は渇きを覚えるだろう
ホロウ・シカエルボク


午後の朦朧はおそらくは暑さのせいだけではなく、俺はその理由を知りながらまるで見当もつかないといったていを装っていた、それは意地とも言えたし逃避とも言えた、目を逸らしたいようなおぞましい出来事ほど避けて通ることは出来ないとしたものだ、通りは閑散としていて、とても休日とは思えなかった、誰もが家でオリンピックに齧りついてるなんて到底考えられなかったし、それは途方もない時間の無駄遣いに思えた、まあ、世間様は俺よりもきっとそういう浪費は得意なんだろうけど、それでもだ、炭酸水を飲みながらいつものように人気のない路地を歩く、年老いた旦那が妻を絞め殺した家の脇を通る、少し前には庭で雑草が暴れていたが、そんな事実はなかったというように整然と片付いている、誰かが手入れを続けているのだ、けれど、建物に染み付いた記憶はそう簡単に消えることはない、俺はそんな出来事を知る前から、ここにはなにかまともじゃないものがあると感じていた、無人の存在と言えばわかるだろうか?それは場に焼き付けられた絶対的な現象だ、そういう種類の存在というものがこの世界には確かに見受けられるのだ、なにも、ここだけに限られた話ではない、居住者の居なくなった建物が妙に心を引き付けるのは、そいつが持っている記憶が寝言のように終始垂れ流されるようになるからだ、壊されるでも売りに出されるでもなく、ただひっそりと佇んでいるものたち、もしも彼らが口をきくことが出来たなら、いったいどのような言葉を口にするのだろう?俺は足を止めることなく通り過ぎた、あの窓には確かに尋常ならざる視線がある、窓の向こうにはきっと、断ち切られた幸せが転がっているだろう、信号を渡り、コンビニの前を通り過ぎ、火災現場へと急ぐ消防車と擦れ違う、誰かが死んだだろうか、消防車の赤色はなぜかそんな疑問符を脳裏に漂わせる、真直ぐに続いた古い路の彼方には、絶対に追いつくことが出来ない水溜りが見える、どこかで赤ん坊が泣いている、あやすものの声はない、ほんの少し家を空けているのだろうか、それとも洗濯かなにか、すぐに駆け付けられない用事に手を付けているのだろうか?この世でもっとも手軽な孤独、それはベビーベッドの上にあるのだ、自販機のゴミ箱に炭酸のボトルを捨てる、ここに来るまでにあとふたつ自動販売機を見かけたけれどそのどちらもゴミ箱は溢れかえっていて捨てる余地がなかった、「家庭ごみを捨てないでください」とゴミ箱には貼ってあった、きっと誰も言うことを聞いてはいないのだ、守ることよりも裏切ること、それがホットだと考えている人間は想像もつかないほどたくさん居る、出来ないことを美徳のように吹聴するのは自分自身を出来ない側だと認めたくないからだ、現在地を容認する、それが賢い生き方だと心から信じている、そしてそんな人間が溢れかえれば、社会は自然とそいつらとの為のシステムとして成り立っていく、圧倒的多数の松葉杖的アイデンティティ、生産性など期待出来るはずもなく、あたりは年々みすぼらしくなるばかり、アイデアを持ち込むのはいつだって余所から来た若いやつら、まあ、どうだってい話だけど…堤防の下に降りようと思った、涼しさは期待出来なかったけれど、川の流れを見つめてほんの少しのんびりするのも悪くない、日向の水面は太陽の真下にあたる部分がスパンコールのように輝いていた、俺はいくつか小石を拾って、その輝きの中へ投げ込んだ、いっとき水面が乱れ、波紋が混ざり、崩れながら広がった、そしてあっという間にもとの穏やかさを取り戻した、こういうものだ、小石を投げるだけのことでは変化は望めない、そんな話を俺たちはもう少し学ばなければならない、人生は川の水面を見つめるようなものではない、その流れの中に飛び込んでどこに向かうのかと絶えず頭を悩ませるものだ、俺は水面に飽きて、小さな階段を上り、堤防の上に戻った、堤防の上は、昔はずっと先まで一直線に歩いていくことが出来た、けれど今はマンションの敷地内になり、一区間がフェンスで仕切られている、それが正しい手続きによって行われたものなのかどうか俺は知らない、まあでももちろん、底に部屋があるのなら庭先を赤の他人がウロウロするのはちょっと嫌だろう、それが流れというものなら俺は文句を言うべきじゃない、堤防に沿って歩かなければどこにもたどり着かないというわけでもない、腕で額の汗を拭い、入道雲とそうでない雲が折り重なった空を見上げる、どこかへ向かう飛行機が長い尻尾を垂れながら高度を上げていく、風景はなにも語ることはない、それらすべてがなにかひどく空虚な遊戯に思えるのは、きっと―。



自由詩 とはいえ瞬く間に喉は渇きを覚えるだろう Copyright ホロウ・シカエルボク 2021-07-25 16:15:15
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