回帰線
妻咲邦香
幾つもの細い絆で
ブラウスを編みました
春になったら古いのを脱ぎ捨てて
旅に出ます
色とりどりの花たち
勇んで会いに行くのです
終わらない争いから遠く離れて
誰と交わしたわけでもない約束を
捨てに行く
ひと欠片のパンと少しの葡萄酒
破れたポケットに雨の匂い
結んだものはいつか必ずほどけます
そして風に乗って
何処かの町へと降りてゆくのです
戻る時は報せます
貴方の見ている回帰線が波打つその僅かの間にも
何も持たずに帰ります
何も求めずに
会いに行きます
ほつれた糸が次の話の始まりです
また編む度に新しい服が生まれます
寂しくとも何処かで栓を抜く音がして
勢いよく泡が吹き出すのです
溺れかけてそして
止める
恐る恐る立ち上がる
ちゃんと足がついて
波は腰ぐらいの高さ
踝に回帰線が絡まって
戻る道なんて
とうに失くしていました