問題は、明日の朝
板谷みきょう

『沢村忠、知ってるか
「キックの鬼」で
漫画にもなったんだけどな』

『俺もキックボクサーだったんだけど
ブームが去ってしまって
試合も組まなくなったから
地元に帰ってきて
トラックの運ちゃんになった訳だ』

警官四名に付き添われ
夜勤の時の深夜帯に道警から

緊急措置入院の依頼で来た
190㎝近くある筋骨隆々の錯乱男が
話し出した

先ほど警察官四名は、その男が
病院到着と同時に
落ち着いたようだからと
手錠を外し
「暴れるんじゃないよ。」と言って
帰って行ったし…

当直医は
保護状況や調書を見ながら
血圧の数値をボクに聞いて
その男に
「今日は、もう遅いから検査をして
ちょと休んでいきましょう。」
そして
「保護室入院だから。後は頼むね。」と
ボクに耳打ちして
宿直室に帰ってしまった

錯乱状態で大暴れして
警官四名で
やっと取り押さえて
後ろ手に手錠を掛けて
連れてこられて
手錠は外して持って帰ったし…

診断の結果
入院することを決めておいて
保護室に入る説明もしないまま
後は頼むって…

閉鎖病棟には
夜勤看護師のボクと
おむつ替えや食事介助の
おばちゃん介護士
二人きりだけなのに…

ボクは、採血をしながら
レントゲンや脳波の検査をするにも
夜中だから検査技師が出勤するまで
検査をすることは出来ないです
病衣に着替えた方が良いですね

おばちゃん介護士が
保護室に準備してくれていた布団に
どうやって寝かせられるだろう

ボクは
沢村忠がテレビアニメの中で
ビール瓶で脛を叩いて
強くしてたこと
その男もそうやって
鍛えていたのかを
話題にしながら指示の有った
鎮静剤の筋肉注射を用意した

「お尻に射つので
俯せになって下さい
結構、痛いですよ」

『注射の針なんか
たいした痛みじゃない
さっさと射ってくれ』

「それにしても
随分と背も高いし
筋肉も凄いですね」

『あの頃と比べたら
筋肉も
落ちてしまってるけどな
ところで
俺はいつ帰れるんだ?』

やっぱり
入院に同意してない

筋肉注射をして
四十分位から
効いてくるはずだから



ボクは、その男が
どうしてキックボクサーに
なったのか
どんな試合だったのかを
話題にして
時間を稼ぐことにした

感情の起伏が激しく
時に激怒したりはしたが
彼の人生の
成功と転落の話に
耳を傾け続けた

一時間ほど経って
口が重くなり
虚ろな眼差しと
空欠伸が出始めた頃

「警官の依頼と医師の診断で
入院ですから、帰れません。」と伝えた
男は手を挙げ
『くぁwせdrftgyふじこlp…』

それを
「ダメですよ、暴れちゃ。」
そう言いながら
おばちゃん介護士と二人で
彼を両脇から支えながら
保護室に連れて行き
寝かせた後、鍵を掛けた

問題は、明日の朝


自由詩 問題は、明日の朝 Copyright 板谷みきょう 2021-07-15 12:34:28
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