夜明け前に
たもつ
夕焼けの頃)
机の上、広口ビンの透明な壁面には
「真空」と書かれている
私はただ、じっとそのビンを見つめているだけだった
あなたはそんな私を若かったのだと笑うだろうか
あるいは、何も知らなかったのだ、と
あの頃、確かに私は若く、
何も知らなくて
ただ、じっとそのビンを見つめ続けているだけだった
「ほんとうのそら」は
「ほんとうのゆうやけ」に
染まると疑うこともなく
夜は始まる)
あなたとの口づけは
寝台列車の味がした
このまま、どこに行くのだろう
そして、あるいは
どこに行かないのだろう
そんなことをどこか遠いところで考えながら
私は列車に乗るのだった
そして、あるいは
乗らないのだった
夜に)
あなたの中にはいつも夜があった
それは私の中にも
人は私を寡黙だと言った
しかし、私は限りなく饒舌で
だから、なおのこと寡黙になりたくて
饒舌にあなたと見つめあうのだった
「あなた」は決して代名詞ではなく
記号などではなく
それは一つの名前
限りなく
そう、限りなく夜に近いその名前を
夜明け前に)
夜明け前
寝床から這い出し
一杯の水を飲む習慣
そのきっかけは
とうの昔に忘れてしまったけれど
それは咽喉が渇いたから
だけでは
なかったはずだ
再び寝床に戻る時
私はいつも机の上の広口ビンを見る
歳を取りすぎてしまった、とあなたは笑うだろうか
「ほんとうのそら」に
「ほんとうのよあけ」が
来るような気がして