灰色の鬼
板谷みきょう

鬼と云えば、赤色か青色と相場が決まっていると言うのに。
何だ、この鬼は。
汚い灰色をして…。

それに、虎の褌も穿かないで、熊の毛皮を頭からすっぽり被っているなんて。

うすのろで、間の抜けた顔をして、仲間からも、馬鹿にされているなんて…

そう栗の木が思うと、根元に座って、溜息をついた、灰色の鬼の頭に、イガを落としました。栗の木は、小高い丘の上にポツンと立って、ふもとの村を昔から、見続けて来ました。

夏、真っ青な田んぼに囲まれ、わらぶきの屋根が、ぽつぽつと見えていたのが、今は稲の穂も黄金に変わり、夕日に染まり、キラキラ輝いて見えます。
そして、その黄金に囲まれた家の庭で、遊んでいる子どもたちの中の一人の娘を、この鬼は、一日中溜息をついては、ぼんやり見詰めているのでした。

ずうっと前に、鬼はこのことを、お日さまに言ったことがあります。
鬼の話を聞いた後に、お日さまは言いました。
「鬼は鬼。人間は人間。」
鬼は一晩中、野っ原で月の光に当たりながら思った。
「どうして鬼は、人間を好いたらいけないんだろう。」―――

人間が、どんどん住む所を広げたため、住む世界を追われて、鬼は、深い深い山の奥深くで、ひっそりと暮らしています。
この、うすのろで間の抜けた灰色の鬼は、その鬼の世界からも、仲間外れにされていました。
そして今、こうして、栗の木の下に座っているのです。

灰色の鬼は考えました。
三日三晩眠らず、風に乗った雲が空の裂け目に、幾度も吸い込まれていきました。
栗の木が気付いたのは、その時です。
「この鬼、真剣なんだ…。」

四日目の陽が昇ると、急に灰色の鬼は、すっくと立ちあがり、わらぶきの家のあの娘に会うため、栗の木の下から、ふもとの人間の世界に向かって、歩き出しました。

「危ない、危ない…。」
突然、石ころが鬼を止めようとしたので
鬼は、つまずいて転んでしまいました。
それを見た何も知らないひばりが、笑いながら飛んでいきます。
鬼は、むっくりと起き上がると、石ころの声も聞かずに、又、歩き出しました。
さて、その姿を見た村は、大変な騒ぎです。
何せ、丘の上から、ゆっくりと、恐ろしい鬼が、こちらの村に、向かってきているのですから。
ガタガタ震えながら、それでも村の男たちは、それぞれ手に手にクワやスキを持ち、握りしめ女や子どもを家に入れ、村を守るために集まってきました。
それは、鬼にも見えていましたが、鬼は娘に会って、自分の気持ちを伝えたいだけなのです。
恐ろしくて、逃げ出したいのを我慢し、顔をこわばらせながら鬼は、ずんずん歩いて行きました。
その間にも、村人たちと鬼の間が、少しづつ縮まっていきます。
お互いの息遣いも聞こえそうな程の、目と鼻の先になっても、村人たちは誰も動きません。
もう、鬼に手が届きそうな位になったその時
恐ろしさのあまり村人の一人が、大声で叫んだのです。
きっかけは、それだけでした。
集まっていた村の男たち皆が、天にも届かんばかりの、大声を上げたかと思うと、どうっと鬼に襲い掛かったのです。

それは、ほんの一瞬の
夢のような出来事―――

お日さまは、空に貼り付き、照らし続けています。
雲は、風にゆったりと、流されています。
ひばりは、高く高く、どこか見えない所で鳴いています。

オニハ、シニマシタ。

夕暮れ、村の男を囲んで、女、子どもも集まって、祝いの宴が始まっていました。なにしろ、男たちが力を合わせて、村を襲いに来た鬼を、退治したのですから…。

丘の上の栗の木と、野っ原の石ころだけが、本当のことを知っていました。灰色の鬼だって、人間の世界に行けば、殺されてしまうことぐらい、判っていたはずです。

栗の木は、ヒューヒューと泣きました。

道端に捨てられた鬼の死体に、蠅が飛び交っています。

自分の心に、正直に生きようとして殺された、鬼の死に顔は、安らかに、笑みをたたえたような、満足気な表情だったのでしょう。

いえいえ。
鬼の顔は、もし生きていたのなら、大声でえんえんと泣くような
そんな死に顔だったのであります。


散文(批評随筆小説等) 灰色の鬼 Copyright 板谷みきょう 2021-06-27 22:08:33
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