昇る
ゼッケン
反動の8月
街路のタイルは止んだばかりの通り雨に色を濃くしていた
街路樹の葉の間を縫う緑色の影が爽やかさを感じさせた
路面のタイルに吸われた水に外気の熱は移動し、幾分かの気流を足元に生じさせている
その先に行ってはいけないんだ
おれはそう言いたくて、しかし、いつものように黙って
ただ、その女性とすれちがった
誰かがおれのスマートフォンを鳴らした
こちらは国家安全保障局です。合成された音声は言った、
これはGPS情報に基づいてテロリストの近くにいる市民に自動で発信されています
周囲をいますぐ撮影してください、動画が望ましいですが、静止画でも構いません
なお、撮影した画像を送信する操作は必要ありません
そして、通話は切れた
見回すと周囲の人間がいっせいにスマートフォンを目の前に掲げている
おれにレンズを向けた中年女性におれもレンズを向け返してやる
みながきょろきょろとしていた
レンズを誰もいない空に向けて
雨を降らせ終わって軽くなった白い雲
の移動を撮影している若い男もいた
他には
タイルの隙間を覗き込んでいる
その狭さに
蟻が
行列を
つくっていた
一列になってすすんでいる
一匹だけ、列から外れてタイルとタイルの隙間から上に出た
誰もが列から外れる確率があった
だが、理由を探す必要はない
相関を計算するだけだ
おれは腕時計を見る
時間だ
ドカン、
と爆発音がして
さっきすれ違った女性の姿は
街路上に吐き出された煙でもう見えなかった
おれはゴーグルを外して男の体験から離脱する
事件現場は
ストリートビューと市民によって当時撮影された画像を使って再現されていた
共分散構造モデルを動力学的に解いたものをここでは運命と呼んでいた
おれはそこにいた誰にでもなることができた
当時のおれは大学生でその通りの花屋でアルバイトをしていた
おれはいまでも毎朝、その女性とすれ違う
(テロリストの視線で見る)
革命にはどれだけカネがかかるか知ってるか? 冗談じゃァない
そうなる前に行動する方が良いよ
おれは爆弾を作り終え、起爆装置を1秒後にセットする
おはようございます
一度ぐらいあいさつしていれば変わっていたかも
おれは腕時計を見る
時間だ
ドカン、
と爆発音がして
おれは吹き飛んだ