羽衣呪術
ただのみきや
夢見る魂が裂果する夏が来る前におまえはおまえの首を咬む
鬱蒼とした緑から忍び寄る脚韻の多い名も知れぬ虫たちが
肉体の時計の固い門に射精すると逆回転でさえずる鳥がいた
首の長い古代の母が組み上げられた偽証の焚火に爪先で立ち
煮え立つ泡沫の微笑みで辺りを錯乱させている 赤い糸で
刺繍した眼球の余白から一羽の鳥が叫びながらガラスに激突した
バッタのように跳ね上りくつがえる舌と眼球 積載量を越えている
一つの寡黙な帆船が破滅を隠匿したまま潜水艦へと移行する
周辺という名の深層から中心という名の広がりから爛熟した
桃を匂わせる記号を刺青した娘たちの悪意が解き放たれる
賽の目のように変わる病のなかで黒蝶の禁忌の顔をデッサンして
脳内ノイズから立ち上がる帽子を目深に被った男の一つ目の
螺旋階段を降りて行く 若さと幼さがむせるほど匂う過去の情欲を
満たすことのできない不能者としての破壊衝動から書棚を押し倒し
自分すら忘れていた隠された標本ケースを砕いてしまう
全裸の死体が起き上がることに性的興奮を覚えながらも怖気惑い
包丁を持ったまま走り出す 沢山の空き缶を紐で括りつけられた
赤ん坊が巨大な悔恨の岩の下敷きになる瞬間から逃げようと
眼は血を吐くほど叫んでいた叫ぶ以外には逃げる術を知らなかった
マイナス一〇℃以下のキーを打つ指先は柘榴のように赤く古い革袋
から絞り出した死は格言よりも苦く宝石の粉末や鱗粉の味がした
揺れ続ける水槽の中で銀の尾翼が頬を裂き発音しがたい名前の数々が
砒素を盛られた手品師のトランプみたいに不規則に散乱して
狐は走ったジグザクに雨の農地から子どもたちが儀式をする防風林へ
暗がりで甘く匂う薬物が薬品がシンプルな呪術が油絵具のように
混ぜ合わされて膨らんでゆく嵐の蕾 一つ目の鬼
照り返して斬りつけて輪郭を溶かし色彩で凄みながら
不在のまま存在を強く匂わせる旋律は戦慄でありコードは不協に揺らぎ
そうして休符が 空白が 消失が 舞踏する身体の記号化と
再び解凍する眼差しからの服毒 蝶と蛾のめくるめきにより
透明なガラス板一枚踏み破り落下した
無限の羊水に溺れながら降り注ぐマグマと星の輝きに
狂った魚と交尾する 囁きで首を絞め 抑揚のない歌声に鞭打たれ
浮上した朝
すべての現実がマバユクキラメク地獄のバックルームだった
夜の形見のオオミズアオよわたしの掌に憩え 抽斗よ一斉に笑え
破顔せよ 白痴の僧侶の群れのように 羽衣よミイラを包め
染まれ銀の朝露に溺れた愛の囁きと消失に
《2021年6月20日》