サカガミ
ふるる

サカガミが猶予はないと言うのだった
彼はいつも唐突な喋り方をした
そして黙るので沈黙を料理しそこねた我々はつらい気持ちになるのだった

サカガミの母親は彼を随分と気に入っていて
息子なのにさんづけで呼んでいたが
あまり気にする者はいなかった
彼や彼女の事情は気にならなかったが
父親が不在なのはいかにも演じられた不在で
何故だか分からなかったのが困りものだった

サカガミの姉上とやらが遠路はるばる上京してきて
彼の悪口を散々言って帰った
我々はただ頷きながら聞いていたが
それしか話題がないからなのだと
誰がが呟いた

サカガミの気の毒さは我々の共通認識で
生まれつきなのだから本人は気にしていないと言われても
気になるのだったまるで
我々のかわり
全てのかわりに
肩代わりを申し出ているかのようなのだから

誰かが幸せになるとやはり
サカガミに申し訳ないと思うのであり
気にするなよと言える彼を
すこし妬んだりした

サカガミの幸福を誰もが願ったが
何が彼にとっての幸福なのかは図りかねた
彼は何も望まないので
同時に全てを
望むので

サカガミの出自が問題になった
母親は何も覚えていないのであてにはできない
戸籍を取り寄せたらと誰がが言うが
言うそばから無意味なことが分かるのだった

サカガミに恋人ができて
すぐにいなくなり
あれは幻だったのかと我々が首をひねる頃
あの子が海外でとても有名になっているという話がもちあがり
さすがにサカガミの恋人だと言い合った
たとえ一時でも

とにもかくにもサカガミは我々が友人だと思っている数少ない者の一人
たまに忘れ去られたりもするが
いなければやはり寂しい

困ったことがあるなら相談に乗ると
サカガミが言ってくれた事があるが
彼の前では困り事など普通の事で
話すことなどなくなるのだった

サカガミは確かに孤独を生きるものだったが
それは我々も同じなのだと
嫌でも分からせてくれる存在

サカガミの好きな乗り物は台車
風に吹かれるから気持ちいいのだという
タンポポの気持ちだという
そんなことを教えてくれる

歯みがき粉を買わなければならない
また唐突に言うサカガミ

ところで猶予がないとはどういうことだろう
サカガミに聞いてみたいが多分
教えてはくれない




自由詩 サカガミ Copyright ふるる 2021-06-18 14:28:30
notebook Home