終の犬 2。
たま

今日という日を。ひとは見ることができない。
今日という日が。とおい過去になるまで。今日という日は。
見えないのだ。積み重ねた。今日と。昨日の。狭間には。
年輪のような行間が生まれる。が。行間を読まなくなった。
日本人は。それさえも。読まなくなるのだろうか。今日も。
昨日も。見えなくなって。その先にあるのは。亡国。とい
う名の。未来だけだとしたら。君は。悔しくはないか。
小春日和の午後。生後八ヶ月の。彼を。抱っこして。Kは。
体重計に乗る。足下の数字は。57キロ。Kの。体重は5
2・5キロだから。彼は。まだ5キロに満たない。ひどい
下痢が続いたのだ。なにを食べても下痢が止まらない。薬
も効かなかった。開業したばかりの。若い獣医は。アレル
ギー性消化器疾患かもしれないから。と。ドクターケアの
高価な。ドッグフードを勧めた。Kは。半信半疑で。その
ドッグフードを。彼に。与える。と。下痢はピタリと止ん
だ。ドッグフードの主成分は。カンガルーの肉と。オーツ
だった。
一袋3キロ入り。税込みで六千円余りの。カンガルーは。
毎月一袋では足りなかった。年金詩人の。Kに。とって。
それは痛いというか。想定外の出費だった。が。想定外
の痛い出費は。それで終わらなかった。彼の。下痢が止
んで。ひと息ついたころ。彼の。お腹や。手足が。赤く。
染まり始めた。
この子。アトピーです。と。若い獣医は。こともなげに
宣告した。アレルギー性皮膚疾患だった。のだ。Kが。
たまに眼科でもらう目薬のような。小さな容器に入った。
その塗り薬は。ひとつ。二千二百円。さすがによく効く
塗り薬だった。が。塗ったからといって。アトピーは。
完治するものでもなく。その塗り薬は。彼の。常備薬に
なった。毎月。ひとつでは足りなかった。想定外の出費
が嵩んで。さすがに困り果てた。Kは。アルバイトを探
すことにした。が。六十八才になった。Kの。週三日。
一日三時間。という。都合の良い職場は。当然のこと。
見つからなかった。それで。Kは。コロナ対策として。
政府が支給した。特別定額給付金を貯金して。彼の。当
面の養育費にした。妻には。拒否された。が。五月に他
界した。母の十万円と。Kの。分を。合わせて二十万円。
なんとなく気まずさはあったが。コロナ禍が。彼と。K
の。ピンチを救ったのだった。
夏の盛り。彼は。満一歳になった。が。地球がおかしい。
オーストラリアの山火事で。カンガルーがたくさん死ん
だ。らしい。彼の。ドッグフードが。販売中止になった
。それで。Kは。もひとつ高価なドッグフードを。与え
ることになった。が。ずしりと重くなった。彼を。抱っ
こして体重を計る。と。足下の数字は。57キロのまま
だった。それはつまり。彼が。太って。Kが。痩せたと
いうこと。Kの。体重は51・5キロだった。が。二十
歳のころの。Kに。戻っただけで。なにひとつ問題はな
く。あるとすれば。一日四回の。彼の。散歩だった。
一日が。彼と。ともに暮れた。それが。Kの。今日とい
う日だった。が。彼と。Kの。今日という日は。見るこ
とができた。Kは。彼と。ともに。とおい過去であるか
もしれない。今日という日を。生きているのだ。と。思
った。









自由詩 終の犬 2。 Copyright たま 2021-06-15 09:54:26
notebook Home 戻る