江田先生
板谷みきょう
西中学校の数学の先生が
江田先生だった
特攻隊の
生き残りっていう噂があって
トヨタのパブリカに乗って
丘の上の校舎に向かう
前屈みになって
ブルドックみたいな顔で
ハンドルを握ってた
坂道を登る江田先生の車を
「ガッツパブリカ」って呼んでた
剣道部の顧問をしていて
鳥やヤマロクや治
笹山も剣道部に入ってたっけ
先生の教える数学に
ボクはついて行けず
単項式と多項式とか
一次、二次連立、方程式とか
因数分解や関数とか
全然、意味が判らずにいて
テストでは
0点ばかりになっていた
職員室に呼ばれても
長い数学の歴史の中で
何年も掛けて発見した数式を
覚えること自体が
難しいのは当たり前でしょ
ボクはそう答えて
公式を覚えもしなかった
江田先生が倒れて
協会病院に入院した時に
剣道部員の同級生らと一緒に
バナナを土産に見舞いに行った
江田先生は、横になったままで
「よく来てくれたなぁ。
バナナは、お前たちで食え。」と言った
みんなは、直ぐにバナナを
房からもぎ取っていたけど
「これは、先生の見舞いだから
要りません。」とボクが言うと
『板谷お前は、だからダメなんだよ。』
そう言って、勧めてくれたけど
ボクは食べるのを頑なに断った
それは
五十年も前のことだけど
ボクは未だに
五以上どうしの足し算や
6の段以上の九九が
苦手なままだ