詩の日めくり 二〇一六年四月一日─三十一日
田中宏輔

二〇一六年四月一日 「愛のある生」


愛のある生

それが、ぼくのテーマだ。

「生」とは
いのちの輝きのことだ。

しかし、嘘は、すばらしい。
人生を生き生きとしたものにしてくれる。
詩も、小説も、映画も、すてきな嘘で、
ぼくたちの生を生き生きとしたものにしてくれる。
最高にすばらしい嘘を、ぼくも書いてみたいものだ。
詩で、かなり自分のことを書き込んでいるけれど、
まだまだ上等な嘘をついていない気がする。


二〇一六年四月二日 「本って、いったい何なのだろう?」


 詩集『図書館の掟。』の紙原稿チェックが終わった。ワードを直したら、一日おいて、もう1回、紙原稿をチェックしよう。来週中には、完成原稿が出来上がる感じだ。

 いま日知庵から帰った。きょうは、何を読んで寝ようかな。買ったばかりの未読の本、数年前に買った未読の本、十年くらい前に買った未読の本。本、本、本。ぼくの人生は、本にまみれての人生だ。それでよいと思う。ぼくの知らないことを教えてくれる。ぼくの感じたことのないことを感じさせてくれる。

本って、いったい何なのだろう?


二〇一六年四月三日 「Here Comes the Sun°」


自分の右足が
自分の右足を踏めないように
ぼくのこころは
けっして、ぼくのこころを責めることはない。

千本中立売通りの角に
お酒も出す
タコジャズってタコ焼き屋さんがあって
30代には
そこでよくお酒を飲んでゲラゲラ笑ってた。
よく酔っぱらって
店の前の道にひっくり返ったりして
ゲラゲラ笑ってた。
お客さんも知り合いばっかりやったし
だれかが笑うと
ほかのだれかが笑って
けっきょく、みんなが笑って
笑い顔で店がいっぱいになって
みんなの笑い声が
夜中の道路の
そこらじゅうを走ってた。
店は夜の7時から夜中の3時くらいまでやってた。
朝までやってることもしばしば。
そこには
アメリカにしばらくいたママがいて
ジャズをかけて
「イエイ!」
って叫んで
陽気に笑ってた。
ぼくたちの大好きな店だった。

4、5年前かなあ。
店がとつぜん閉まった。

1ヶ月後に
激太りしたママが
店をあけた。

その晩は、ぼくは
恋人といっしょにドライブをしていて
ぐうぜん店の前を通ったときに
ママが店をあけてたところやった。

なんで休んでたのかきいたら
ママの恋人がガンで入院してて
その看病してたらしい。
ママには旦那さんがいて
旦那さんは別の店をしてはったんやけど
旦那さんには内緒で
もと恋人の看病をしていたらしい。
でも
その恋人が1週間ほど前に亡くなったという。
陽気なママが泣いた。
ぼくも泣いた。
ぼくの恋人も泣いた。
10年ぐらい通ってた店やった。
タコ焼きがおいしかった。
そこでいっぱい笑った。
そこでいっぱいええ曲を知った。
そこでいっぱいええ時間を過ごした。

陽気なママは
いまも陽気で
元気な顔を見せてくれる。
ぼくも元気やし
笑ってる。

ぼくは
自分の右足に
自分の右足を踏まないように命じてる。

ぼくのこころが
けっして、ぼくのこころを責めないように命じてる。

笑ったり
泣いたり

泣いたり
笑ったり

なんやかんや言うて
その繰り返しばっかりやんか

人間て
へんな生きもんなんやなあ。

ニーナ・シモンの
Here Comes the Sun

タコジャズに来てた
東京の代議士の息子が持ってきてたCDで
はじめて、ぼくは聴いたんやけど
ビートルズが、こんなんなるんかって
びっくりした。

親に反発してた彼は
肉体労働者してて
いっつもニコニコして
ジャズの大好きな青年やった。

いっぱい
いろんな人と出会えたし
別れた

タコジャズ。

ぼく以外のだれかも
タコジャズのこと書いてへんやろか。

書いてたらええなあ。

ビッグボーイにも思い出があるし

ザックバランもええとこやったなあ。

まだまだいっぱい書けるな。
いっぱい生きてきたしな、笑。


二〇一六年四月四日 「風が」


風が鉄棒にかけられていた白いタオルを持ち上げた。
影が地面の上を走る。
舞い落ちてくるタオルと影が一つになる。


二〇一六年四月五日 「詩集『詩の日めくり』の表紙のための写真を撮ってもらう。」


 お昼、大谷良太くんちの近くのミスタードーナツに行く。詩集用の写真をいくつか撮ってもらうために。けっきょく、大谷良太くんちに行って、大谷良太くんとミンジュさんに撮ってもらった。6月に書肆ブンから出る『詩の日めくり』第一巻から第三巻までの3冊の詩集用の写真をこれから選ぶ。


二〇一六年四月六日 「図書館の掟。」


 きょう『図書館の掟。』のタイトル作を見直して、3回目の見直しだけど、大きく変える個所が出たので、自分でもびっくりした。3回目の見直しで大きく変えるのは、はじめてだけど、テキストがだんぜんよくなるのである。こういうこともあるのだなと思った。単にアラビア数字を漢数字にするだけだけど。


二〇一六年四月七日 「パースの城」


 思潮社オンデマンド詩集用の『図書館の掟。』の原稿を思潮社の編集長の高木真史さんにワードで送った。表紙用の写真もいっしょに。

 きょうから、また読書の日々に戻る。そいえば、ティプトリー・ジュニアの短篇集『あまたの星、宝冠のごとく』を途中でほっぽってた。きょう、塾に行くまえに、お風呂につかりながら読んだ、ブラウリオ・アレナスの『パースの城』の42ページに、つぎのようなセリフがあって、それが、ぼくを喜ばせた。

「おや、ぼくだ」と叫んだ。「いったいどうなっているんだ? この部屋にどうしてぼくがふたりもいるんだ?」(ブラウリオ・アレナス『パースの城』第五章、平田 渡訳)


二〇一六年四月八日 「はじめて知ったこと」


 ページレイアウトをクリックして、区切りをクリックして、次のページから開始をクリックすると、次のページからはじめられるということを、きょう、はじめて知った。いま試してみた。55歳、はじめての体験。20冊以上、詩集を出してて、この始末。いや、いい方にとろう。自分の知識が増したのだと。


二〇一六年四月九日 「鳥から学ぶものは樹からも学ぶ。」


 日知庵から帰った。めっちゃかわいい男の子が知り合いの子といっしょに来てて、ドキドキした。植木職人の青年だ。26才。日知庵のえいちゃんにお店に置いてもらっているぼくの『ツイット・コラージュ詩』を彼が読んでくれて、「言葉が深いですね。」と言ってくれたことがうれしかったけど、自分の言葉が深いと思ったことなど一度もなかった。

「鳥から学ぶものは樹からも学ぶ。」とか、ぼくには、ふつうの感覚だし。と思ったのだけれど、彼は、ぼくの詩集を手にしながら、あとからきた女性客のところにふわふわと行っちゃった。ありゃま、と思って、ぼくは憤然として帰ってきたのであった。あしたは、遊び倒すぞ、と思いながら、きょうは寝る。

 彼が、ぼくがむかし付き合ってた男の子に似ていたので、日知庵にいたときは、ぼくはドキドキ感覚で、チラッチラ見ながら、頭のなかでは、聖なるジョージ・ハリスンの曲がリピートしていたのであった。至福であった。日常が、ぼくにとっては、劇なのだ。しゃべり間違ったり、し損なったりする劇だけど。

 日知庵にいた男の子のことを思い出しながら、寝ようっと。いや、むかし付き合ってた男の子のことを思い出しながらかな。たぶん両方だな。なんだかな~。でも、やっぱり日常が最高におもしろい劇だな。それとも、おもしろい劇が日常なのかな。笑っちゃうな。ちょっぴり涙しちゃうな~。それが人生かな。

 あ、その男の子、植木職人だって言うから、こう言った。「きみが使ってる鋏から学ぶこともあるやろ? 人間って、なにからでも、学ぶことができるんやで。」って。55歳にもなると、こんな、えらそうなことを口にするのだと、自分でも感心した。えらそうなぼくだったな。


二〇一六年四月十日 「大谷良太くんのおかげで」


 きょうも、大谷良太くんには、たいへんお世話になった。彼のおかげで、ぼくの作品が日の目を見ることができることになった。思潮社オンデマンドからは、これからは、年に1冊しか出せないと思潮社の編集長の高木真史さんに言われて、詩集用に用意してた『詩の日めくり』の原稿のことを大谷良太くんに相談したら、書肆ブンで出しますよと言ってくれて、ほんとうにありがたかった。捨てる神あれば、拾う神ありという言葉が脳裏をよぎった。ぼくが生きているあいだは、ぼくの作品なんかは、ごく少数のひとの目にとまるだけだと思うと、その思いも、ひとしおだった。


二〇一六年四月十一日 「きみの名前は?」


 チャールズ・シェフィールドの『ニムロデ狩り』これ人名を覚えるのがたいへんだけど、おもしろい作品だ。いま202ページ目のさいしょのところ。140ページのうしろから4行目にひさしぶりに出合った言葉があった。「きみの名前は?」(チャールズ・シェフィールド『ニムロデ狩り』9、山高 昭訳)

「きみの名前は?」という言葉を、いまも収集しつづけているのだ。『HELLO, IT'S ME。』という作品のロングヴァージョンをつくっているのだ。いつ発表できるかどうかわからないけど。それは読書というものをやめたときかな。死ぬときか。ファイルにだけ存在することになるかもしれない。


二〇一六年四月十二日 「ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア」


 ティプトリーの短篇集『あまたの星、宝冠のごとく』、救いのない作品が多い。彼女、こんなにネガティブだったっけ? と思うくらいネガティブ。でも、あまり、ひとのことは言えないかもしれない。ぼくのもネガティブな感じがするものね。『図書館の掟。』に、ぼく自身が出てくるけれど、唯一、そこだけは、ポジティブかもしれない。ティプトリーは何を持っていたっけ? と思って本棚をさがしてみた。けっきょく、部屋には4冊のティプトリーがあったのだった。『老いたる霊長類への賛歌』、『故郷から一〇〇〇〇光年』、『輝くもの天より堕ち』、そして読み終わったばかりの『あまたの星、宝冠のごとく』。タイトルだけでも、すごいいい感じだな。持っていないものを Amazon で注文した。『星ぼしの荒野から』と『愛はさだめ、さだめは死』と『たったひとつの冴えたやりかた』と『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』の4冊。到着したら、ティプトリーでまとめて並べておこうかな。

 さっき、ふと、バッド・カンパニー、セカンドしか残ってないから、ボックスで買おうかなと思った。あかんあかん。飽きては売り、また聴きたくなると買っては聴き、またまた飽きては売ってるバンドだ、笑。カンパニーで思い出したけど、増田まもるさんが訳したバラードの『夢幻会社』の会社って、カンパニーの訳だけど、この場合は、「友だち」の訳のほうが内容とぴったりくるんだけど、タイトル、誤訳じゃないのかな。ベテランだから、だれもなにも言わないのか、ぼくが間違ってるのか、わからないけどね。


二〇一六年四月十三日 「さいごの詩集」


 塾に行くまで、シェフィールドの『ニムロデ狩り』のつづきを読もう。ぼくのさいごの詩集三部作の、『13の過去(仮題)』は●詩、『全行引用による自伝詩』は全行引用詩、『詩の日めくり』はコラージュである。好きな本を読んで、好きに詩をつくる。じっさいの人生で好きなことしなきゃ、意味がない。じっさいの人生でできることのなかに自分の好きなことがあると思おうとしているのではないかという疑念はあるけれど。どだろうね。55歳。まだ一日でも多く、本を読みたい。作品をつくりたいという欲求がある。その欲求が、ぼくのことを生かしているのかもしれない。

 塾から帰った。雨で、リュックが濡れた。本はジプロックに入れてたから大丈夫。これからシェフィールドの『ニムロデ狩り』のつづきを読む。ようやく半分読めた。

 いま、Amazon で自分の本が売れてるかどうかのチェックをしてたら、『ツイット・コラージュ詩』(思潮社オンデマンド・2014年)が売れてた。セール中でもないのに。だれが買ってくれたんだろう。もしかしたら、先週、日知庵で手にとってくれた男の子かな。どうかな。とってもチャーミングな青年だった。まあ、生身の男の子だから、生身の女の子が誘ったら、ほいほいついてっちゃってたけど、笑。日知庵で飲んでると、めっちゃ人間観察できる。父親が糖尿病で失明したけど、どうか、神さま、ぼくから目だけは取り上げないでください。ありゃりゃ、『ゲイ・ポエムズ』(思潮社オンデマンド・2014年)も、最近になって売れてたみたい。売れ行き順位が上がってる。まだ買ってくださる方がいらっしゃるんだ。ありがたい。というか、ぼくが無名なので、最近、文学極道かどこかで発見してくださったのかもね。これは、無名の強みだわ。


二〇一六年四月十四日 「i see your face.」


これから塾に。塾の帰りに、日知庵に寄ろう。こころおだやかに生きていきたい。

 i see your face. i see your face. とメロディーをつけて頭のなかで歌いながら、日知庵から帰ってきた。だれの音楽に近いかな。エドガー・ウィンター・グループかな。ぼくは音楽家にもなりたかった。いちばんなりたかったのは画家かな。音楽家かな。


二〇一六年四月十五日 「ノブユキとカレーを食べてた風景」


 作家は、なりたかったものの一つだった。詩人というものになってしまったけれど、詩人は、子どものときのぼくのなりたいもののなかにはなかった。だって、詩人なんて、子どものぼくのときには、死んだひとばかりだったもの。生きている詩人がいるなんて知らなかった。

 おやすみ、グッジョブ! きょうは、のぶゆきのこと、たかひろのこと、ともひろのこと、こうじくんのこと、じゅんちゃんのこと、えいじくんのこと、えいちゃんのこと、いっぱい思い出してた。ぜんぶむかし、でも、ぜんぶいま。ふっしぎ、ふしぎ。ぜんぶ、いまなんだよね。思い出すっちゅうことは。

 きょうは学校の授業もないし、塾もない。シェフィールドの『ニムロデ狩り』を読み終わろう。さっき、ご飯を食べに外に出るまえ、クローゼットの下の本棚を整理して未読の本をまえに出して並べた。もっていることを知らない本が2冊ばかりあった。ジャック・ヴァンスの本もコンプリートに集めていた。

 いま1冊のティプトリーが届いた。ぼくが唯一、読んでなかった『星ぼしの荒野から』であった。満足な状態の古書だった。カヴァーの絵が、どうしても購買意欲を刺激しなかったものだが、内容とは関係がないものね。出たときに買っておくべきだった。『ニムロデ狩り』あと55ページ。読んでしまおう。

『ニムロデ狩り』あと40ページ。これを読み終わったら、ティプトリーの『星ぼしの荒野から』を読もう。きょうは、お昼に、吉野家で、ベジ牛を食べた。帰りにセブイレで買ったサラダ2袋をこれから食べる。

 シェフィールドの『ニムロデ狩り』を読み終わった。ハインラインとかゼラズニイとかの小説を読んでるような感じがした。ぼくが10代後半から20代のはじめころに読んでたSFのような雰囲気だった。悪くはなかった。というか、よかった。

 焼きシャケのり弁当20ペーセント引き334円を買ってきた。これ食べたら、ティプトリーの未読の短篇集『星ぼしの荒野から』を読もう。

 55歳にもなると、20年まえのことなのか、30年まえのことなのか、わからなくなるけれど、何度か書いたことがあると思うけれど、友だちんちのテレビで見たのかな、峠の甘酒を売ってる店で、恋人同士が甘酒をすすって飲んでいる場面があって、なぜかその場面がしきりに思い出されてくるのであった。仲のよい二人の人間が、向かい合って、あったかい甘酒をすすっている光景が、ぼくには、こころおだやかにさせるなにかを思い起こさせるのだと思うけれど、こうした光景が、ぼくのじっさいの体験のなかにもあって、それはノブユキとカレーを食べてたときの光景だったり、えいちゃんと、イタリヤ風に調理してあった大きな魚をいっしょに食べたりしたときの光景だったりするのだった。ぼくの脳みそがはっきりと働いてくれるのが、あと何年かはわからないけれど、生きて書いているうちに、そんな光景のことなんかも、ぜんぶ書いておきたい。


二〇一六年四月十六日 「詩の日めくり」


 学校の帰りに、大谷良太くんの引っ越し先に行って、飲んでた。で、その帰りは、日知庵に行ってた。きょうは、めちゃ飲んでたけれど、意識ははっきりしている。書肆ブンから出る詩集『詩の日めくり』の第一巻から第三巻までの見本刷があしたくる予定。ネットで発表したものとちょこっと違う個所がある。

 きょうも、授業の空き時間にティプトリーの短篇集『星ぼしの荒野から』を読んでた。コンプリートしてもよいと思った作家の一人であるが、読んでよかった。でも、まあ、寝るまえの読書は、気分を変えよう。ひさびさに、きのう寝るまえに、『モーム語録』のつづきを読んでいた。


二〇一六年四月十七日 「ゲラチェック」


『詩の日めくり』の第一巻から第三巻まで見本刷りがきた。活字の大きさを間違えてた。自分でもびっくり。一回、第一巻から第三巻まで目を通した。改行部分で間違っていた箇所があったり、英文部分の記号処理がうまくいってなかった箇所もあった。ルビの大きさを変える必要があると思うので、ルビの箇所にすべて付箋した。もう一度、見直そう。見本刷の二度目の見直しをしている。自分の作品でも、ええっと思うくらい、ノリのいいフレーズがいっぱいあって、見直ししているのか、詩を読んでいるのか、一瞬、わかんないときがあった。55歳にもなって、自分の詩作品を読んで、こころ動かされるというのは、そうとう脳がイカレテいる様子である。二度目の見直しが終わった。3度目の見直しをして、きょうは終わろう。3度目の見直しで、まだ見つかるミス。まあ、合計で、800ページあるからね。


二〇一六年四月十八日 「ゲラチェック」


4度目の見直し。まだミスが見つかる。

 いま『詩の日めくり』の見本刷、第二巻を読みながらチェックしているのだけれど、わずか10か月前のことなのに、いまのぼくが記憶していない数字が出てきて(ジュンちゃんの年齢、ぼくの8つ下だから、すぐ計算できちゃうのだけど)びっくり。「46才になりました。オッサンです。」という彼の言葉。

 文学極道に『詩の日めくり』を投稿してなかったら、記憶していなかったことばかり。作品にしないと読み返さないひとだからかもしれないけど。でもまあ、作品にしてよかった。『詩の日めくり』は死ぬまで書きつづけよう。そのときにしか見られなかった光景があるのだ。

『詩の日めくり』の見本刷・第二巻の4回目の見直しが終わった。第一巻の方がバラエティーに富んでるけど、第二巻の読みやすさは半端ではない、笑。これから第三巻の4回目の見直しをする。まだミスが見つかると思う。第二巻でさえ2か所あった。今週の金曜日まで繰り返し見直す予定だ。何回するかな。

『詩の日めくり』の見本刷の第三巻を読んでいるのだが、読んでいるというのは、もはや見直しというよりも、知らない詩人の作品を読んでいるような気がするからなのだが、随所にでてくる書いた記憶のないフレーズが新鮮で、まさに自分自身を驚かせるために、ぼくは書いているのだなと再認識した。


二〇一六年四月十九日 「省略という技法について」


バラはバラ
と書くと
この助詞の「は」はイコールで
「だ」とか「である」という言葉を
読み手は補う。
「だ」や「である」は、文法的には動詞ではないのだが
なんだったかな
形容動詞だったかな
忘れた
まあ、しかし
たとえば
バラは切断
あるいは
バラを切断
バラに接木
と書くと
「する」という動詞を
読み手は思い浮かべる。
では
バラはヒキガエル
だったら、どうか。
道を歩いていると、フェンスの間から
バラのように咲いているたくさんのヒキガエルがゲコゲコと鳴いている。
あるいは
ヒキガエルのように、ピョンピョン跳ね回るバラの花が川辺のそこらじゅうにいる
みたいなことを、思い浮かべる読者がいるかもしれない。
ぼくが、そんなタイプの読み手だけど
省略技法が発達している俳句や短歌や詩では
この暗示させる力がものをいう。
隠喩ですな。
あまりに頻繁な省略は
読み手に心理的な負荷を与えることにもなるので
てきとうに「省略しない書き方」もまぜていくことにしている。
そんなことを
いま、五条堀川のブックオフからの帰りに
自転車に乗りながら考えていた。


二〇一六年四月二十日 「拡張意識」


時間感覚が拡張されると
それまで見えていなかったものが見えるようになる。
最初は誘導剤によるものであったが、訓練することによって
誘導剤なしでも見えるようになる。
ゴーストや、ゴーストの影であるさまざまな存在物が見えるようになる。
人柱に使われているホムンクルスも、それまで見えていなかったのに
ベンチのすぐそばに瞬時に姿を現わした。
詩人は第一の訓練として、音の聞き分けをすすめていた。
川のせせらぎと、土手に植わった潅木の茂みで泣く虫の声。
集中すると、どちらか一方だけになるのだが
やがて、双方の音が同じ大きさで、
片方だけ聞こえたときと同じ大きさで聞こえるようになる。
つぎにダブルヴィジョンの訓練であった。
ぼくは詩人に言われたように
夜のなかに夜をつくり、世界のなかに世界をつくった。
夜の公園のなかで
ベンチに坐りながら、一日前のその場所の情景を思い浮かべた。
詩人は目を開けながら、頭のなかにつくるのだと言っていた。
電車のなかで
一度、ダブルヴィジョンを見たことがある。
仕事が昼に終わった日のことだった。
ダンテの『神曲』の原著のコピーをとらせてもらう約束をしていたので
近衛通りだったかな吉田通りだったかな
通りの名前は忘れたけれど
京大のそばのイタリア会館に行くことになっていたのだが
そこに向かう電車のなかで
向かい側のシートがすうっと透けて
イタリア会館のそばの道路の映像が現われたのだった。
その映像は、イタリア会館のそばの道路と歩道の部分で
人間が歩く姿や車が動く様子が映っていた。
居眠りをしているのではないかと思って、目をパチクリさせたが
映像は消えず、しばらくダブルヴィジョンを見ていたのだった。
電車が駅にとまる直前にヴィジョンが消えたのだが
意識のほうなのか
それともヴィジョンのほうなのか
弁別するのは難しいが、明らかにどちらかが
あるいは、どちらともが
複数の時間のなかに存在していたことになる。
ぼくは夜のなかに夜をつくった。
河川敷の地面がとても明るかった。
ぼくは立ち上がった。
見上げると二つの満月が空にかかっていたのだ。
ふと、ひとのいる気配がして振り返った。
そこには、目を開けてぼくを見つめる、ぼくがベンチに坐っていたのだった。
右のようなシーンは前にも書いていたけれど
このあいだ読んだ、だれだったかな
イアン・ワトスンだ
彼の言葉をヒントにして
なぜ、ホムンクルスやゴーストが見えなかったのに
見えるようになったか説明できるような気がする。
存在とは
出現すると瞬時に(ワトスンは、同時に、と書いていたが)消失するものだから
時間感覚が誘導剤で
あるいは
訓練によって拡張されると
この「拡張」という言葉は改めたほうがいいかもしれないけれど
視覚的に見えなかったものが見えるようになる
つまり
意識のなかに意識されることになるということなのだけれど
ううううん。
どうだろ。


二〇一六年四月二十一日 「メガマフィン、桜、ロミオとジューリエット、光華女子大学生たち」


朝からマックでメガマフィン。
大好き。
ハッシュド・ポテトも好き。
それからアイス・カフェオレ。

歩きながら桂川の方向へ。
光華女子大学のまえを過ぎると
花壇に植わった桜が満開やった。
桂川をわたって
古本市場で
新しいほうの『ロミオとジューリエット』の岩波文庫を買う。
105円。
あしたぐらいにつく岩波文庫の『ロミオとジューリエットの悲劇』は旧訳。
帰りに光華女子大学のまえを通ると
お昼前なのか
女子大生たちがいっぱいバス停に並んでた。
彼女たちの群れのなかを通ると
化粧品のいいにおいがいっぱい。
いいっっぱい。
だいぶ汗をかいたので
これからお風呂に。
マックには、朝の7時30分から9時15分までいて
『未来世紀ブラジル』のサントラを聴きながら、詩集のゲラの校正をしていた。
校正箇所、3箇所見つかった。
天神川通りの交差点で
信号待ちしていると
タンポポの綿毛が
ズボンのすそにくっついちゃって
パッパッてはらったけれど
完全にはとれなくって
それで洗濯中。
めんどくさい。
きょうも2度の洗濯。
これから暑くなっていくから
しょっちゅう洗濯しなきゃならなくなる。


二〇一六年四月二十二日 「無名性」


 きょうもヨッパ。日知庵→きみや→日知庵のはしごのあと、以前にかわいいなと思っていた男の子と偶然、電車で乗り合わせて、駅の近くのバーでいっしょに飲んだ。人生というものを、ぼくは畏れているし、嫌悪しているけれど、愛してもいる。嫌悪すべき日常に、ときたまキラキラ輝くものがあるのだもの。

 しじゅう無名性について考えている。無名であることによって、ぼくは自由性を保てているような気がしている。『詩の日めくり』の見本刷を何日か読み返してみて、実感している。芸術家は生きているあいだは無名であることが、たいへん重要なことだと思っている。死後も無名であるのなら、なおさらよい。

 ああ、つまり、ふつうのひとということだ。詩人であるまえに、一個の人間なのだ。人間としての生成変化が醍醐味なのだ。人間であること。それは畏れざるを得ないことであり、嫌悪せざるを得ないことだし、愛さざるを得ないことでもある。詩人は、言葉によって、そのことを書いておく役目を担っている。

 ティプトリー、コンプリートに集めてよかった。きょうきたトールサイズの文庫本2冊、1冊はなつかしい表紙だった。もう1冊は新しい表紙だけど、かわいらしい。こんなに本を愛しているぼくのことを、本もまた愛してくれているのかしら? どうだろう? まあ、いいか。一方的な愛で。ぼくらしいや。

 朝から夕方まで、大谷良太くんに、ずっと『詩の日めくり』第一巻から第三巻の校正をしてもらってた。書肆ブンから出すことができることになって、ほんとによかった。二回目の見本刷が5月に届くことになっている。きっちり見直しますね、150か所ほど直しを入れてもらって申し訳なかったです。


二〇一六年四月二十三日 「黄金の丘」


ついに黄金の丘に行きます.
古い通り鴨肉を食べた.
まだ買ってない問"クラスト"たこ焼き
隣の女性が買うのはゲストに聞け
女性のゲスト
:" そこにはもっとパリパリした?"
ボス :" えい..........."

女性のゲスト
:" はとてもサクサク??"
ボス :" それは私のために一生懸命に説明することは,
あなたを知るのみで食べたわ"
女性のゲスト
:" 以上がサクサク鶏の胸肉もサクサク??"

ボス& me &小さな新しい :" .....................( 何も言えない)"
だから何か正確にはサクサク

 これ、FBフレンドの言葉を、中国語を日本語に自動翻訳したものだけれど、ぼくには詩に思える。というか、笑えた。


二〇一六年四月二十四日 「クリポン」


 いま日知庵から帰ってきた。竹上さんと栗本先生と、3人でホラー話やなんやかで楽しく飲んでいた。詩や小説もおもしろいけれど、実人生がおもしろいなと再確認した。それは人生が困難で苦痛に満ちたものだからだろうとも思う。簡単で楽なものだったら、おもしろさも何十分の1のものになってしまうだろう。


二〇一六年四月二十五日 「ミニチュアの妻」


 食事のついでに、西院の書店で新刊本を見ていたのだけれど、とくに欲しいと思う本はなかった。イーガンのは、未読のものが2冊あるし、もういいかなって感じもあって、買わなかった。バチカルピ(だったかな)は、前作がひどかったので、もういらないと思ったし、唯一、知らない作家の本で、手が動いたのは、ずっとまえから気になってた『ミニチュアの妻』という短篇集だけだった。裏表紙の解説を読んで購買意欲がちょっと出て、迷ったあげくに、本棚に戻したけれど、とくにいま買う必要はないかなという感じだったので、何も買わなかった。創元から出てる『怪奇小説傑作集』全5巻を古いカバーのもので持っていて、ぜんぶ読んだのだけれど、新しいカバーのものは、字がちょっと大きくなっているのかな。これを買い直して、古い方は、もう一度、お風呂場で読んで捨てるという方向も考えた。しかし、あまり健全な読書の仕方ではないなと思って、いまのところ思いとどまっている。欲しい本が出ればいいのだけれど。と書いて、パソコンのうしろから未読の単行本たちの背表紙が覗いた。『翼人の掟』『宇宙飛行士ピルクス物語』『モッキンバード』『ジーン・ウルフの記念日の本』『第四の館』『奇跡なす者たち』『フラナリー・オコナー全短篇』上下巻、『ウィザード』Ⅰ、Ⅱ『ナイト』Ⅰ、Ⅱ 一段だけの未読本だけど、読むの途中でやめた『ゴーレム』とかも読んでおきたい。そいえば、クローゼットのなかの本棚にしているところには、『ロクスソルス』『暗黒の回廊』『さらば ふるさとの惑星』などといった単行本も未読だった。ソフトカバーの『終末期の赤い地球』などもある。壁面の本棚の岩波文庫、ハヤカワSF文庫と銀背や創元文庫も、未読の棚が2段ある。読んでいない洋書の詩集や、書簡集もたくさんある。なんで、まだ本を買いたいと思うのだろうか。病気なんだろうな。『ミニチュアの妻』買いたくなってきた。西院の書店に行ってくる。マヌエル・ゴンザレスの短篇集『ミニチュアの妻』と、アン・レッキーの『反逆航路』と『亡霊星域』を買ってきた。5500円台だったけれど、図書カード5000円分があったので、自分で出したお金は500円ちょっと。どうだろ。おもしろいだろうか。というよりも、いつ読むだろうか、かな。きょうは、これから寝るまで、ティプトリーの『星ぼしの荒野から』のつづきを読む。


二〇一六年四月二十六日 「緑の柴田さん。」


 学校から帰ってきた。夜は塾。塾に行くまで、ティプトリーの短篇集『星ぼしの荒野から』のさいごの1篇を読む。これが終わったら、せっかくきのう買ったのだから、アン・レッキーの『反逆航路』を読もう。設定がおもしろい。

 ティプトリーの短篇集『星ぼしの荒野から』を読み終わった。この中の短篇は、どんでん返しのものが多いような気がする。しかも、後味のよいものよりも悪いもののほうが多い。これから、ルーズリーフ作業に入る。そのあと時間があるようだったら、塾に行くまで、アン・レッキーの『反逆航路』を読もう。

 ルーズリーフ作業が終わった。これから、塾に行くまで、アン・レッキーの『反逆航路』を読む。どんな新しい感覚をもたらせてくれるのか、あるいは、くれないのか、わからないけれど、数多くの賞を獲得した作品なので、読むべきところはあるだろう。なかったら、続刊といっしょに捨てる。

 基本的な文献は読んでおかなくてはいけないと思って、きのう Amazon で、『象を撃つ』の入っている短篇集『ブリティッシュ&アイリッシュ・マスターピース』(柴田元幸編訳)を買っておいた。スウィフトの例の話も載っている。貧乏人の子どもは食糧にしちゃえってやつ。『信号手』や『猿の手』も入っているのだけれど、これらは創元の『怪奇小説傑作集』のさいしょのほうの巻に入ってたりして読んでるけど、『猿の手』はたしかに傑作だと思うけど、『信号手』はいまいち、よくよさがわからない。ぼくの感性や感覚が鈍いのかもしれない。

これから塾へ。そのまえに、なんか食べよう。塾の帰りは日知庵に飲みに行く。

 吉野家でカレーライスを頼んで食べたのだが、そのカレーライスに、綾子と名前をつけて食べてみた。味は変わらなかったけれど、自分が気が狂っているような雰囲気が出てスリリングだった。こんどからは、むかし付き合った男の子たちの名前をつけて、こころのなかで、その名前をつぶやきながら食べよう。

 レッキーの『反逆航路』ちょっと読んだだけだけど、これは、言語実験したかったのかなと思う。その実験のためにSFの意匠を借りたのではないかと思われる。どかな。そろそろクスリのんで寝る。おやすみ、グッジョブ! 隣の部屋のひとのいびきがすごくて怖い。

 塾から帰った。コンビニでかっぱえびせん買おうと思ったらなかったので、ねじり揚げなるものを買ってきた。108円。レッキーの『反逆航路』38ページ6行目に「詩は文明の所産であり、価値が高い。」(赤尾秀子訳)とあったが、どうやら、古代・中世の中国あたりの歴史を意識した未来世界のようだ。しかし、単なる皮肉ととらえてもよいかもしれない。

 これから寝るまで、レッキーの『反逆航路』を読む。いま68ページだけれど、物語はほとんどはじまってもいない感じ。むかしのSFとは違うのだな。枕もとに積み上げた10冊以上の本を見たら、溜息がでた。ここ数週間のうちで、読みたいと思って買った本だけど、いつ読むことになるのか、わからない。

 2014年に思潮社オンデマンドから出た『LGBTIQの詩人たちの英詩翻訳』が、さいきん売れたみたいで、うれしい。自分の詩じゃないけれど、自分の詩のように愛しい詩ばかりだ。いや、もしかしたら、自分の作品以上に愛しているかもしれない。

 クスリのんで寝る。おやすみ、グッジョブ! しかし、『叛逆航路』いま112ページ目だが、流れがゆるやかだ。退屈してきた。

 いま気がついた。『叛逆航路』中国じゃなくて、インドが参考になってるのかもしれない。

 いま日知庵から帰った。きょうもヨッパ~。帰り道、『詩の日めくり』にも出てくる「緑がたまらん。」の柴田さんに会った。


二〇一六年四月二十七日 「俳句」


携帯折ってどうしようというの われは黙したり

そもそものところ あなたが悪い 母は黙せり


二〇一六年四月二十八日 「短歌」


大きい子も小さい子も 首が折れて折れてしようがない夏


二〇一六年四月二十九日 「それだけか?」


何年前か忘れたけれど
マクドナルドで
100円じゃなく
80円でバーガーを売ってたときかな
1個だけ注文したら
「それだけか?」
って、バイトの男の子に言われて
しばし
きょとんとした。

何も聞こえなかったふりをしてあげた。
その男の子も
何も言ってないふりをしてオーダーを通した。
このことは
むかし
詩に書いたけれど
いま読んでる『ドクター・フー』の第4巻で
「それだけか?」
って台詞が出てきたので
思い出した。


二〇一六年四月三十日 「ヤフオク」


きょうは、たくさんの本を
ヤフオクで入札しているので
部屋から出られません、笑。



運動不足にならないように
音楽を聴きながら
踊っています。


二〇一六年四月三十一日 「トップテン」


むかし
叔父が所有していた
河原町のビルの10階に
トップテン
というディスコがあったんですけれど
そこには
学生時代
毎週踊りに行ってました。

あるとき
カップルの女性のほうから
「わたしの彼が、あなたと話がしたいって言ってるの」
と言われて
カップルに誘惑されたことがあって
ぼくが20歳かな
ちょっとぽちゃっとして
かわいかったころね。

その女性の彼氏が
またすっごいデブだったの、笑。
笑っちゃった。

ちゃんとお話はしてあげたけれど。
それだけ。

そういえば
東山丸太町のザックバランでは
やっぱり女の子のほうからナンパされて
朝までのみつぶれたことがあった。
女の子とは20代に何人か付き合ったけれど
どの子もかわいかったんだけれど。

いま55歳になって
もうそんなことはなくなってしまったけれど
そんな思い出を言葉にして
もう一度
自分の人生を
生きなおすことは
たいへん面白い。

老年というものは
もしかしたら
そんなことのためにあるのかもしれない。

ある種のタイムマシーンやね。
この叔父って
河野せい輔っていって
(せい、ってどんな漢字か、忘れた)
ぼくの輔は
そこからきてるって話で
この叔父の所有してた有名なビルに
琵琶湖の
おばけビルがあって
まあ
この叔父
醍醐にゴルフ場も持ってたんだけれど
何十年か前に
50億円くらいの借金を残して死にました。
げんが悪いわ、笑。
ぼくの名前。

輔は
神社でつけてもらったっていう話も
父親はしていて
まあ
両方やったんやろね。
どっちが先かっていえば
叔父の名前が先だろうけれど。


おばけビルじゃなくて
おばけホテルね。

仮面ライダーとかの撮影で使われたりしてたんじゃないかな。
むかし
恋人とドライブしていて
見たことあるけど
まあ
ふつうの廃墟ビルやったね。




自由詩 詩の日めくり 二〇一六年四月一日─三十一日 Copyright 田中宏輔 2021-05-10 22:20:22縦
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