鈴の舞踏
ただのみきや
静けさでいっぱいの部屋
その中心は何処かと
へその尾や砂時計
そんなくびれで繋がって
むやみに染み出して来る
圧力 その張力
部屋は膨らみ丸みを帯びて
閃輝暗点 歪んだステンドグラス
鼓膜は和紙のように自ら
顰める
わたしと思っていた何かが
破裂する そしてまた
テントウムシが歩いている
わたしの左手は樹のようだ
二匹は赤いナナホシテントウ
一匹は黒いナミテントウ
目覚めれば あたたかな朝
今年初めての虫たちと会える予感
*
雀たちが新芽を
啄んでいる
食事中もおしゃべりばかり
地面を跳ねても
慌てて逃げても
チュンチュンチュンチュン
チュンチュンチュン
空の譜面から抜け出した
翼の付いた音符たち
地面を跳ねる茶色い鈴
囀りすぎて酸欠気味
チュンチュンチュンチュン
チュンチュンチュン
言いたいことはみんなチュン
チュンもいろいろ状況次第
美味しくてチュン 恋してチュン
怖くてチュン! 怒りのチュン!
チュチュチュチュチュチュチュン!
と威嚇する
*
空気がかすむのか
目がかすむのか
やわらかな光の中
花弁のドレスを鈴みたいに振って
モンシロチョウは鳥のように
歌わない
ダンスのパートナーと出会うまで
そよ風相手に練習中
陽炎のめくるめき
ターンしながら
遠く 遠く
*
花弁は風に誘われて
小さな蝶に姿を変えた
車の窓から迷い込み
わたしの膝で翅を休めた
どうか目覚めず
そのまま蝶の夢を見て
――ほら正夢
ナミテントウがウインドウを行く
*
風が渦を巻き
桜の花弁が円を描く
つられてマルハナバチも円を描く
旋回舞踏
春は裳裾をひるがえす
*
求めているのは幻影ではない
魂の空白の形を投影する
言葉の依り代だ
この真空 この渇望
痛みを相殺するひとつの像
一編の詩を書くことは
一つの恋とその墓標
書き続けることは
繰り返される祭儀
得ることと失うことの
対の繰り返しだ
喪失とカタルシス
陰に脱ぎ捨てられた下着
哀しいエロチシズムの幽霊だ
*
桜には憧れはあっても郷愁はない
美しさに見惚れる前に
その美の概念がわたしに侵入した
たぶんテレビや小説や漫画から
いつまでも 現れては消える
艶やかで儚いもの
幻の女 あるいは 潔い男たち
一種のJapanesque
蒲公英にだけは郷愁を感じる
美しいという言葉さえ知らないころ
それは太陽がまき散らした黄の軍団
野原を埋め尽くす連鎖爆発だった
*
雨の日には森をさまよう
一羽の雉鳩が
針葉樹に
漉されて落ちる
澄んだ雫に欹てる
そんな姿を細く手繰って
あなたの涙は音のない銀の鈴
弦の上に降り注ぎ
わたしは鳴らずにいられない
《2021年5月3日》