空欄
妻咲邦香
暗い動物には影が出来る
それは四つ足になってはじめてわかること
明るい動物には影は出来ない
トコトコと
トコトコと
死んだ長女の生年月日が思い出せずに私は
区役所でチューインガムの紙を剥いだ
サバンナに日が暮れてゆく
さっきも、名前も知らない植物に
鋭い葉で切りつけられたばかりだ
彼女は誰からも美しいと言われていた
労働者の群れが行く手を遮る
短い雨の後
彼等は徐に私を避けていく
麒麟が蹴散らした草の跡に
年老いた婦人が立っている
白紙の転出届を手に何やら叫んでいるが
見回りの警官に声をかけられて大人しくなった
一度でも子を産んだことのある生き物は
より濃い影を落とすらしい
毒を持たない蠍が両手の鋏を持ち上げている
高く持ち上げている
トコトコと
トコトコと
区役所に日が暮れてゆく
空欄に足音だけが響く