空欄
妻咲邦香

暗い動物には影が出来る
それは四つ足になってはじめてわかること
明るい動物には影は出来ない
トコトコと
トコトコと
死んだ長女の生年月日が思い出せずに私は
区役所でチューインガムの紙を剥いだ
サバンナに日が暮れてゆく

さっきも、名前も知らない植物に
鋭い葉で切りつけられたばかりだ
彼女は誰からも美しいと言われていた
労働者の群れが行く手を遮る
短い雨の後
彼等は徐に私を避けていく

麒麟が蹴散らした草の跡に
年老いた婦人が立っている
白紙の転出届を手に何やら叫んでいるが
見回りの警官に声をかけられて大人しくなった
一度でも子を産んだことのある生き物は
より濃い影を落とすらしい

毒を持たない蠍が両手の鋏を持ち上げている
高く持ち上げている
トコトコと
トコトコと
区役所に日が暮れてゆく
空欄に足音だけが響く



自由詩 空欄 Copyright 妻咲邦香 2021-04-26 01:15:38
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