ロザリーはスクラップ工場の外れで
ホロウ・シカエルボク


ロザリーは十五才
廃業したスクラップ工場の敷地の外れで
ハーケンクロイツみたいなかたちになって転がってる
もう腐敗が始まっていて
あらゆるおぞましい虫に集られて喰われている
ささやかな雨が降っている
死の影を
拭うことも出来ないほどに
ささやかな
ささやかな、雨が


捨てられたカンテラが
壁の向こうのシグナルの光を跳ねて
その小さな世界は
赤にも緑にも
見える


血に濡れたのに
雨に濡れたのに
死刑囚のように
無人の舞台で
下りることもなく
カーテンコールもなく
微動だにせず


細い鉄骨に括りつけられた
トタンの
薄っぺらい作業場の壁が
風に煽られ
解け
暴れて
破れたティンパニのような演奏を続ける
オーケストラ!
指揮者はタクトを振るうが
空虚しか鳴り響くものがない


見開かれた目は
口は
最期に何を見
どんな言葉を発したのだろう
そうなったわけは知る由もないが
まだどこかに続きが落ちているような
そんなことを考えているように見える


でこぼこのアスファルトの
地面を
濡らしては流れていく雨粒
途中退席の観客みたい
どうして出て行こうとするのですか
この演目は
いつ果てるとなく続くことが出来るのに


あなたが欲しいものは
想像出来る限りの永遠でしょう
ならばそれはこれをおいて他にはないでしょう
そちらの事務所のダイヤル電話で
お好きな番号を回してみてください
それがあなたに必要かどうかは別として
必ず答える声があるでしょう


あといくつの夜が来るの?
怯えても意味ないのに
果てしのない暗闇の中で
身体を啄むものたちの
カチカチ、ガサガサいう音を聴きながら
わたしが地面に刻印されていく
あらゆる水分と
失われる肉体という塗料で


危険な流行病に
やられた誰かの目のような
真っ白い月が浮かぶ夜
壁の向こう側に足音を聞いた
あれは誰、誰だろう
探しに来たのか
それとも確かめに来たのか…
でも、そのあとはなにも聞こえなかった
なにかが崩れた音を聞き間違えたのかもしれない


腕のどこかで白い骨が露出したとき
鈍い感電みたいな感覚を覚えた
折角だから神に祈りましょうか
神様、これが運命です
宿命です、そうでしょう


そうでしょう?


お気に入りだった
薄い金色の髪飾り
ベージュのコート
チェックのスカート
ブルーの靴下
白いパンプス
すべて
どす黒いなにかに変わってしまった


蓄音機のように世界は鳴り続ける
パトカーや救急車のサイレン
消防車も
誰かの悲鳴
笑い声
酷いいらだち
野良犬
野良猫
家の無い人たち
空缶、空瓶
空虚…
鼓膜が溶けてしまって
なにもかも
振動みたいな感じでしか聞こえない


いつまでも
いつまで経っても
斜めに見上げるだけの景色
赤茶けたトタンと
同じ色の鉄骨と
青い空、暗い空、灰色の空
眼球が零れ落ちかけているのに
そんなことが分かるのは
まだきっと記憶が確かなせいね


わたしはある意味で
永遠であると言える
その中で
なにをすることも出来ないけれど
五感の記憶で
退屈を並べている


ロザリーは二週間前
人でごった返す繁華街に居た
あれだけの人が居たのに
あれだけの人とすれ違ったのに
彼女のことを覚えている人はどこにも居なかった
彼女はそこに居る誰にも
必要な人間ではなかったのだ
命は選り分けられる
似たような場面で
誰かが覚えていてくれたものだって少なからず居る


見えるべき目も
息をする鼻も
話し、食べるための口も
すべて
もう使い物にならなくなったのに
見えて
聞こえて
話したいことばかりある
死とは必ずこういうものなのだろうか?


腹を減らした無数のカラスの
けたたましい羽音が聞こえる



骨になってしまえばすべては終わるのだろうか



自由詩 ロザリーはスクラップ工場の外れで Copyright ホロウ・シカエルボク 2021-03-14 18:00:49
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