閉じた本の物語
道草次郎

本を閉じれば
そこからはじまる物語があるのを知っておいでか


カリグラフィの妖精たちが インクの森を抜け 随想のせせらぎを渡る物語を

ハキリアリの行列のような亜拉毘亜アラビア文字が 嬉々として 断章の河に身を投げる物語を

ハチドリの囀りが 岩サボテンの紅い花の迷宮へ さやさやと植字されてゆく物語を

砕けた栞が 段組のソドムと後記のゴモラを襲う いかにも恐ろしい物語を


あなたは見るかもしれない
硫黄の火でつつまれたアルファベットを

あなたは見るかもしれない
方舟のタールに引火するノアの誤植を

あなたは見るかもしれない
千人のガガーリンをあるいはガガーリンの千人を


本を閉じれば そこからはじまる物語がある
あなたは
それを知っておいでか


自由詩 閉じた本の物語 Copyright 道草次郎 2021-03-07 16:08:08
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