閉じた本の物語
道草次郎
本を閉じれば
そこからはじまる物語があるのを知っておいでか
カリグラフィの妖精たちが インクの森を抜け 随想のせせらぎを渡る物語を
ハキリアリの行列のような亜拉毘亜文字が 嬉々として 断章の河に身を投げる物語を
ハチドリの囀りが 岩サボテンの紅い花の迷宮へ さやさやと植字されてゆく物語を
砕けた栞が 段組のソドムと後記のゴモラを襲う いかにも恐ろしい物語を
あなたは見るかもしれない
硫黄の火でつつまれたアルファベットを
あなたは見るかもしれない
方舟のタールに引火するノアの誤植を
あなたは見るかもしれない
千人のガガーリンをあるいはガガーリンの千人を
本を閉じれば そこからはじまる物語がある
あなたは
それを知っておいでか