廃線
入間しゅか

現実とはと彼が切り出したので、言葉の続きを待った。
現実とは道だ。それも廃線だ。草が茂り、傍らにゴミが散乱し、どこからかガソリンの匂いがする。吐瀉物や廃棄物のシミが至る所に散らばっている。線路は錆び付き、無人駅でこない列車を待つ人と出会う。彼もまた廃線を歩いてここまでたどり着いたと言うだろう。その時君は知ることになるね。歩いてきた道はまっすぐ伸びていた、しかし、枝分かれしたいくつものまっすぐの一本だったと。

さて、と言って彼は立ち上がると、僕を残して部屋から出ていった。僕は部屋を見渡して、壁に飾られた小学生の時に描いた虹の絵を眺めたり、本棚の小説のタイトルを端から順に読んだりしていた。読んだはずなのに、どの小説も少ししか内容を思い出せなかった。

虹の絵。この虹はいつ見た虹だろうか。

ある日のこと、廃線を彼と二人で歩いた。朽ちた枕木に何度も躓きそうになりながら、僕は彼の背中を追った。廃線が分岐点に差し掛かった時、彼は立ち入り禁止と書かれた方を選んだ。フェンスの向こうは鬱蒼とした森。また戻って来るからよと言ってフェンスを乗り越え、悠然と木々をかけ分けて進む彼を僕は追うことができなかった。

いつ見たのか思い出せない虹の絵。
内容を忘れた小説が並ぶ本棚。
部屋は曖昧なもので散らかっている。

あの日、戻ってきた彼は何事もなく帰ろうと言った。元来た道を辿って帰る途中、帰りの風景は行きと違って見えるねと彼は言った。僕は頷いて振り返ったが、その時何を見たのか何も覚えていない。

虹の絵を眺めていたら、何かを忘れ去りながら歩いているんだと気付いた。

目の前に一本の廃線が伸びてる。
無人駅で先に待っている彼と、再び出会うことを僕はこっそりと誓った。


自由詩 廃線 Copyright 入間しゅか 2021-03-06 20:44:18
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