穴
春日線香
おとこが夜中にやってくる
そのおとこは生まれたことがないのである
いっしょにゆこう
どこへ
とおくへ
くちびるでかすかに笑っている
いそいそと身を起こして
服を着て出ていこうとすると
なまぐさい と言われる
くさいとはなんだ と怒りたくなるが
やっぱりそうなのかとわかっている
じわじわと水位が下がっていく
おとこは岸に舟を着けて
わたしを突き飛ばしざまに
ぐいっとやわらかいものをもぎとる
よくわかっている
舟はおとこひとりを乗せて
とおいとおい穴へと流れていく
そこでは無数のかにが
ひそやかに触れ合う音をたてて
この世をやわらかく憎んでいる
わたしは置いていかれて
薬缶のふたみたいにころがっている
ふなむしがいっせいに目覚めて
体を食い荒らそうとも
目をあけてころがっている