バッド・インフルエンス
ホロウ・シカエルボク



ひとつひとつの意思が
水滴となって胸の底へと落ち
束の間の王冠を描いて
湖の中で何とも知れぬものへ変わる
彼らの
描く波動
振動
わたしは植物人間のように
寝床で目を見開いて
そのわずかな揺れと、広がりの、中に
わたしの
骨を
収められないかと悩む
短いアルコーブ、飲み干した水が
喉を通過する間だけみたいな
そんな経路を
受け止めて過ごしている
もう何時間も…


電話が
二時間半に一度鳴っていた
午後の早いときあたりまで
水槽は泡を吹き続け
ネオンテトラはなにもかもに
飽きていた、これ以上ないくらい
退屈しきっていた
揺らぐ壁が
短い眠りの中の夢なのか
それとも
現実に見たことだったのか
わたしには
断言出来ない
きっと
一生


剃刀がどういうわけか
刃を剥き出しにしたままフロアーに転がっているので
わたしは
悪いことを考えてしまう
だけど
いけないことだけど
血を流すと
その分だけ
なにかが報われるような
そんな気がする時がある
わたしを許してはいけない
怠惰な午後の中で死んでいったものたち


網戸の羽虫の死体
先週の酷い雨が
天井に残した染み
はっきりしない気温
雨の予報
確実な過去と
予想された未来の中で
ただ維持されるだけという活動
かみさま
わたしはあやつられない人形になりました
子供の頃に
少しだけ習っていたピアノ
あのときの拙い指先が
脳髄を侵していく


題名の思い出せない歌
名前を思い出せない人
あるいは
名前だけが浮かんでいる人
二度と火が入らない映画館
固く施錠された
古めかしい入口で
どうしてあんなに佇んでいたのだろう
わたし
筋書きを忘れたくなんてなかった
でも結局ずぶ濡れで
その時持っていた本は駄目になってしまった


犬が叫ぶ
猫が文句を言う
蛆が沸いて
誰かが嗚咽している
この世は地獄だって
ロック・ミュージックが歌っている
この世は地獄
だからこそ
みんな天国を夢見たんじゃない?
キャンディだけが友達だった頃だって
甘いものを頬張るだけで生きていけるなんて思ったことなかった


生きものの死って、みんな
グミみたいなものだと思うのよ
不自然にグニャグニャしていて
それをどうすればいいのか誰にもわからないの
だからみんな燃やしてしまおうとする
それはわたしたちと同じ形をしているのに
蕁麻疹が腕を這い始める
あまり酷いことにならなければいいのだけど


初めから、ねえ、なにもかも
わたしたちって嘘をつかれているのよ
単純な話は
複雑な話より信じやすいわ、そうでしょう?
知らないところから手紙が届くたびに
スタンプが血の色に見える
わたしは電話に指を伸ばして
もう死んでしまった誰かをコールする
繋がれていない、と話す機械に向かって
本当は隣に居るのでしょうと
つまらない冗談を吐いて笑う


痛みは可視化出来ないの
爪を噛みちぎるのは
なにかして紛らわしたいからよ
電灯が点滅してるみたいに思える
わたしの瞬きがぎこちないせいで


どうかチャイコフスキー
人生なんて紙切れだって言って
難しい顔をしながら
譜面の終わりに手を入れながら
どうか
どうか
酷く癇癪を起して
蝸牛を踏み潰したときの音
ずっとつきまとって
こんな日には
とても


フロアーと天井を同時にすり抜ける
わたしの背中とお腹をわたしは目にする
わたしは土くれのような気持ちを表情にたたえている
わたし虫になりたかったの
葉っぱを食べていればそれで済むんだもの


夜になるとお腹がすくの、馬鹿みたいな話だけど
雨漏りのような暮らしのために
わたしはサラダを食べる
それが一番馬鹿みたいだから
なんでも食べられる歯を持ってしまったから
たったひとつのものだけを食べるには具合が悪い




明日には天井の染みに話しかけてしまうだろう





自由詩 バッド・インフルエンス Copyright ホロウ・シカエルボク 2021-03-01 21:39:32
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