眠りの谷へ
道草次郎
あなたが皐月に通えてたら、わたしたちきっと友だちでいられた。あのAの置き手紙、なに今更?気付いたふりして、今そうやって笑ってみせて。
これは夢、そう夢の会食で、わたしたちは久しぶりに偶然居合わせた中学の同級生。
最後まであなたは、黙っていた。
まるで初対面みたいに、その後どうしたとか、誰かと一緒になったのかとか、子供はいるのかとかそういう話は一切せずに、不思議なレクリエーションを満漢全席が運ばれてくるこの会食の疵口に上塗りしただけ。
あなたは、なんなの?もちろん、わたしにこう言わせているのはあなたの無意識よ。
でも、Aの置き手紙、読んだでしょう?
Aは余命僅かの為退所をするのよ、あなたが来た時にはもうAは席を立った後だった。
空席の前のテーブル、綺麗に折り畳まれたナプキンの隣にそっと置かれたあの手紙。あれがAよ。
あなたはなんで皐月に来なかったの?
わたしたちは一番偏差値の低い高校でもう一度やり直す筈だった。でもあなたは来なかった。
わたし、あれからあなたのことなんかすっかり忘れてしまっていた。
だから今、あなたの無意識にこうして呼ばれても困るんだけど。
あなたはわたしのことが好きだったのでしょう。
わたしはどうだったかしら、忘れてしまった。でもあなたは幼くて、皐月で逢えてもたぶんあなたのことをそんな風には見れなかったと思う。
あなたは何にも変わってないのね、口元をみれば分かる。
ねえ、やめて。召喚しておいて、なにそれ?
草の汁を吸うウンカっていう虫、それから蓼の花のこと。ねえ、紅い蓼の花があかまんまと呼ばれてたの、あなたはもう覚えていないの?
皐月は、皐月は、性行為の場所じゃないのよ、あの時も、これからだってずっとね。
ねえ、あなたは燕の塒(ねぐら)が茅のなかにあるのを知っていた?Aはサッカー一筋だった。わたしとAは熱海で遊んだりした。
あなたは皐月に来なかった、それだけのことよ。Aとのことにそれは関係ない。自惚れないで、これは夢なのよ。
さあ、もう一度眠りの谷に墜ちてしまいなさい。
さようなら、夢の人。