黒猫と少年(7)
嘉野千尋



  *手紙


  古びた手紙の束を、抽斗の片隅に見つけた。
  色褪せた切手の上の消印から、
  少年は手紙を受け取った日のことをぼんやりと思い出す。
  その日は朝から雨が降っていた。
  滲んだ宛名書きを、そっと指でなぞりながら少年は机に腰掛ける。
  紫陽花の花陰で、あの人は泣いていた。
  そう、あれは黒猫と出会う前のこと・・・。
  少年は黒猫の寝床に、つい、と目をやった。
  かすれた花柄のブランケットだけを残して、
  黒猫はいつのまにか姿を消している。
 「どこに行ったんだろう」
  少年は小さく溜息をついて、手にしていた手紙を折りたたみかけたが、
  途中でふと気がかわったのか、そのままびりびりと破り始めた。
  読み返すことなく破り去った手紙を、少年は空中にまき散らす。
  すると紙片は、白い蝶へと姿をかえ、
  少年の周りをひらりひらりと舞い始めた。
  蝶の白い翅に、黒インクの文字が模様として浮かんでいる。
  自分の周りから離れようとしない蝶の一匹を捕まえて、
  少年はさっと左手を閃かせた。
  蝶の白い翅は、鮮やかな青へとかわり、
  しばらく部屋の中を飛んでいたが、
  最後に黒猫のブランケットの上で翅を休めた。
 「おや」
  少年はもう一度溜息をついてから、
  黒猫のためのミルクを用意した。




散文(批評随筆小説等) 黒猫と少年(7) Copyright 嘉野千尋 2005-04-21 11:27:59
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