出世したい来世
入間しゅか
また怒られてしまった
しかし、忘れてしまおう
いや、忘れられるものか
悟りを開かないと出世できんのだ
出世できんと生活出来ねぇんだわ
ぼくはさんざん血を吐いておりまする
でも、解脱したくないでござる
鯵になりたいでござる
悟りではなく我が身を開きましょうぞ
オープンマインドでありたいのでござる
お箸の持ち方が下手くそな醜男に食べられとうございます
来世はまだですか
世の中には明日の飯も窮する人がいるのに
贅沢言うなって怒らんでくだせい
ぼくの不出来は生まれつきでござんす
猫を飼って余生を送りとうございます
それでも働けっていうのですね
悟りを開かないと出世できんのですね
さんざん血を吐いておりまする
早う来世で鯵になって食われとうございます
……と立ち止まると太陽。街を容赦なく叩き起こす太陽。ぼくには朝焼けが眩しすぎて痛い。駅まで徒歩20分。ぼくは呪文を唱え続ける「……にあらず。我思うゆえに……にあらず」
人生が馬鹿みたいに美しくて、どうしようもなく虚しいものなんて知ってるよ。出世したって仕方ないことくらい知ってるよ。でもね、ダメなんだ。小学生のとき、牛乳をこぼしたのがぼくの始まりだと思うんだ。給食の牛乳が床に広がっていくのを黙って眺めていた。白いそれは隣に座る井上さんの机の脚にたどり着いてもなお広がっていった。ぼくは黙って見ていた。先生がヒステリックな怒鳴り声をあげた。ぼくを立たせると、大きく振りかぶっって顔面に平手打ちをした。その時、ぼくは始まったんだ。牛乳まみれの床に倒れたぼくが何も言わなかったのは、緘黙症だったからじゃない。先生が正しかったからだ。この成績では公立は望めませんと言った中学の先生。君はせいぜいなれても引きこもりだよと言った高校の先生。あなた方は常に正しかった。
正しかった。正しかったとしたら、
来世はまだですか
鯵のひらきはまだですか
出世はどこですか
悟りは開けませんでした
来世はまだですか
箸を上手に持てない醜男ですが
早う猫を飼いたいでござる
来世はまだですか
朝焼けが正しすぎて眩しい
痛い。
いたいけど、いたいから、
来世はまだだけど、
これからもよろしくお願いしまする。