至って不真面目
ただのみきや

まどろみ

種子は雷鳴を聞いた
意識の発芽前その核が
ひたすら芯へと引き寄せる
死に疑似した時間の中

最初に震動があった
そうして微かな熱
やがて忍び寄る水の気配
たった今目を覚ました感覚の全てに

種子から虹が立った
太陽が大地から贖った
水の精は風をまとい女神となって
やわらかな土を羽毛より軽い素足で渡る

種子は鳥の声を聞いた
樹々の影の舞踏はひんやり心地よく
陽炎の愛撫に産毛もこそばゆい
夢見心地で発芽を忘れた






光円錐

わたしたちが未来を変えることはない
現在から未来の変化を予測はできても検証はできないし 
現在(未来)のとある事象が過去(現在)のわたしたちの
選択に起因する等とこちらに都合よく結論付けてくれると
も限らない
未来の人々はわたしたちとは関係のない他の過去の出来事
を直接あるいは関節的要因であると考えるかもしれないし 
「いくつもの偶然が重なり合う成り行きにより現在(未来)
の状況に至ったのであって一概に誰かの選択あるいは働き
が直接左右したとは言い難い」などと広く薄い答を出すの
かもしれない
漠然と神の存在を信じる者と漠然と神の存在を信じない者
がささやかなきっかけで容易に立場を置換し得るのにも似
て運命の摸索と偶然へと帰結は表裏であり未来においては
前時代的で強大だった宗教観の枠組みの瓦解が今以上に加
速的に進行し虚無的な運命論と偶然論は廃墟を覆う蔦のよ
うに増々蔓延ることだろう
つまりわたしたちはわたしたちの能動的選択で未来へ手を
加えるという意味においては不能者なのだ

だがわたしたちは過去は変えられる
古い時代になればなるほど歴史は神か猿のどちらかに近づ
くし中世や近代においてもそれは真実というよりもあくま
で歴史上の事実として後から定めた史実でしかない訳で考
古学や歴史学の科学的調査と古文書の研究等によりまとめ
上げた様々な資料から考察し推測し仮説(ここでは想像力
がモノを言う)を立てて発表され学会内で広く認知評価さ
れて一般化された定説ということだ
しかし同じ遺物や文献の研究でも学者の考えや解釈は幾通
りにも分かれ時には激しい論争を巻き起こしたりもする
つまり現在がその不可逆性を逆手にとり過去を解釈定義し
てよくよく見つめるとかなり胡乱な歴史という既成事実を
わたしたちは漠然と受け入れていることになる
学校で習った歴史ですら数十年あるいは十数年で覆り得る
新しい発見と調査研究の進歩さらには政治や思想の介入で
歴史は修正を繰り返すことになる

さてここで科学的根拠や論証など一切関係なく自らに都合
よく過去と記憶を改ざんすることを提案したい
国家の歴史が修正可能だとしたら個人の歴史でもそれは可
能ではないだろうか なにも他人の頭の中や教科書を変え
るわけではない ただ自己の幸福と過去からの自由と解放
をひたすら逃げて勝ち取るための一つの方法として 
いっそ神代まで あるいは前世までも遡って変えてみては
いかがなものかと

「――過去の慣習に囚われず未来の子どもたちのため
今こそ改革を実行しようではないか 」
そんな前向きな人たちには大変申し訳ないが
人が未来について語れるとしたらそれは
―― I have a dream ―― 
あるいは信仰――(望んでいる事柄を保証し 目に見えな
いものを確信させる) それらが導くものは
声高の煽動ではなく 寡黙な個々の行動 不屈の歩み 

真面目な話はさておいて
わたしは過去を夢見る者だ
言うなれば過去も未来も想像でしかなく
もっと言うなら過去現在未来ただの観念に過ぎず
さらに言うならこれらの空論は未来にはなにも託さない
言葉によるところの純粋な手慰みなのだ






鬼ごろし

大楽毛駅前からバスに乗り
イオンモールへ行って買い物を済ます
帰りのバスまで約一時間半
バス停のベンチはやたらと寒い
パック酒を買ってストローで啜ってみたが
鬼はころせても寒さはころせない
それでも少しは紛れたころ
シルバーカーを押した婆さんが たった今
出発したばかりのバスに向かって大声で
「ここまで来てるの見えたのに出やがって!
 どういうつもりよこの野郎! 
 会社に電話してやるからな! 」
あまりの怒声に辺りはみな立ち止まる
ぶつぶつ文句を言いながら時刻表の前に行くが
自分の乗るバスの番号が定かではないようで
大声で誰へともなく問いかける
親切な人から教えてもらうと
外で待つと寒いからとスーパーへ戻って行く
三十分後バスは到着
そんな気はしていたが
出発したバスがまだ見えているころ
車輪を押して婆さんは現れた

わたしと婆さんの間に二棟の空ベンチが――

「ご主人! バスいったのかい! 」
「今さっき出ましたよ 」
「まだ一分あるのに最近のバスは酷いもんだ! 」
「そうですね 」
「だって今二時二十五分になったばっかりだよ! 」
「もう二時三十分ですよ 」
「……私の時計は二十五分だけど! 」
「スマホで見たから間違いないですよ 」
「……あらそうかい 」

鬼ごろしを啜り終えたころ
予想通り
婆さんのよもやま話が始まった
彼女の怒りと不満は人生の多岐に及び
複数の赦すことのできない悪者を抱えていた
ふわりふわり相槌を打ちながら
バスが来るまでの間
わたしは婆さんについて多くの知識を得た
苦労人で働き者
立派な人だった
だから鬼婆になったのだろう
バスに揺られて小さな鬼が行く






創表作現

赤い小鳥の根を掘って
日差しを浮かべた子供らの
耳の置き場をあきらめて

割れた祈りを光は計り
波打つ手足の縦のささやき
円らな言葉を損ねて落とす

鍵のかかった花の影
冷えた静寂のカルタには
幼なじみが破れて揺れる

喩の沸く音に足を取られて
縫われた匂いを脱がせて聞いた
鞄に降り散る顔を咥えて

反った小指に蜂は憂いで
結わえた嘘から栞は逃げる
雲を盛られて軋む目がしら

燻した月に爪を隠して
柘榴の上の羅針の小言
水の竈にペンの歯ぎしり


                      《2021年2月13日》









自由詩 至って不真面目 Copyright ただのみきや 2021-02-13 14:31:28縦
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