一家
墨晶

          掌編

 ハーマンさんのお店に野菜をに買いに行ったら、遠くからわたしを呼ぶ声を聞いた。うるさい音を立てる自転車を漕いで埃っぽい道を、兄の友人(だった)、オーガストが近づいてきた。どうして肥った男の人って云うのは、脇汗や胸汗や腹汗をかく癖にグレーのTシャツを着るのかしら。胸のカンジのプリント、わたしはジャパニーズレストランに行ったことがあるから読めた。「天丼」って書いてあったけど、わかって着ているんだとしたら、前から思ってたけど、オーガストって馬鹿っぽいわ。

「グレゴリーはまだ部屋から出てこないの?」
「ええ、そうね」
「・・面白いSF小説を読んだんだ」
「だから何?」
「グレゴリーも気に入ると思うから、話したいと思って」
「気に入るとしても、兄さんは誰とも話したがっていないと思う」
「・・そう、でも、云っておいて。もう随分話してない」
「それは、あたしたち家族もだわ」
「・・じゃあ、また」

「兄」、わたし、母、父。その順番で町を去る計画だ。そして、わたしたちの住んだ家も壊され更地になるのだ。「兄」が部屋から出てこなくなったこと、そんな家族がいたことなんて、これで、ただの「話」になるのよ。
 キャベツ、セロリ、レタス、ベルペッパー、キューカンバー、アヴォカド。それまで、肉とジャガ芋しか食べなかったわたしたちは「兄」の食餌と称してこれらの野菜を大量に食べ続けた。

 でも不思議だ。「わたしの兄・グレゴリー」に、こんなにも会いたがっている人たちが、どこの地にも必ずいる、と云うことが。

          了
 


散文(批評随筆小説等) 一家 Copyright 墨晶 2021-02-12 02:21:04縦
notebook Home