鱗
妻咲邦香
アスファルトが選ぶ雨は
どうしてこんなに優しいのだろう?
遠い昔に私が持っていたものを
まるで知っているかのようだ
まだ誰も数えたことのない数字が
見つかってしまうかもしれない今夜
音になる前の、言葉になる前の泣き声が
誰かの帽子の中で印刷される
掠れながらも声は肌にすぐ馴染む
時に手足と呼ばれる容れ物に
無数のラベルが貼られ乱反射を繰り返す
手に入れた鱗は朝専用
若しくは忙しい人向け
その一枚一枚にカメラが内蔵されていて
シャッターを押す毎に見知らぬ日常を剥ぎ取り
鱗へとすり替える
私は魚なので空撮は拝めない
そのかわり水面越しに本物の空が見える
それは流れと共に震え
常に歪み、淀み
それこそが真の街の正体
信号機は歌うように色を吐き
車も人もそれを飲み込むように合いの手を入れる
本当は悲しい歌だってあるのに
アスファルトに選ばれた雨が
いつまで街に留まって、いつ空に帰るのか?
帽子の中で覚えたばかりの歌は
どうしてこんなに優しいのだろう?