詩の日めくり 二〇一五年五月一日─三十一日
田中宏輔

二〇一五年五月一日 「HとI」


 アルファベットの順番に感心する。Hの横にIがあるのだ。90度回転させただけじゃないか。エッチの横に愛があるとも読める。もちろん、Iの横にHがあるとも、愛の横にエッチがあるとも読める。


二〇一五年五月二日 「内職」


 1週間ほどまえに、授業中にほかの科目を勉強することを、なんて言ってたか忘れていた。つい、さっき、なんのきっかけもなく思い出したのだけれど、「内職」というのだった。思い出したとき、内心の声が、ああ、これこれ、と言っていた。とにかく、なんのきっかけもないのに、思い出せたことに、びっくりした。


二〇一五年五月三日 「なにかを損なう」


 なにかを判断したり決定したりすることは、なにかを損なうことだ。しかし、なにも判断せず、なにも決定したりしないこともまた、なにかを損なうことである。そうであるならば、判断し、決定し、なにかを損なうほうをぼくは選ぶ。これもまた、なにかを損なう1つの判断であり、1つの決定であるけれど。


二〇一五年五月四日 「ミシリ」


冷蔵庫からミシリという音が聞こえた。水が氷になる瞬間に遭遇したのだ。


二〇一五年五月五日 「ふわおちよおれしあ」


 マクドナルドにアイス・コーヒーを飲みに出たら、交差点で、ブッブーとクラクションの音がするので見たら、車のなかから、まるちゃんが手を振ってくれていて、ぼくもにっこりとあいさつを返して、それから横断歩道を渡ったのだけれど、きょうも一日、充実した休みになると思った。マクドナルドでは、2冊の私家版詩集のうち、『ふわおちよおれしあ』を持って行って、電子データにしていないものに付箋をしていったら、30作ほどあって、このうち、きょう、どれだけワードに打ち込めるかなと思った。ぼくの私家版詩集は、10冊ほどあって、上記のものと『陽の埋葬』は、どちらもA4版の大きさで、超分厚くて、5、6回、頭を叩いたら、ひとを殺せそうなくらいのもので、50部ずつつくったのだけれど、いまどれだけのひとが手元に残していてくれているのかは、わからない。どなたかが神戸女子大学の図書館に寄贈なさったみたいで、そこで閲覧できるみたい。


二〇一五年五月六日 「撥条。」



 玄関を出たところで
     私の足が止まった。

  道の向こうから
 蝶々が
  いち葉
   流れてくる。

手を差し伸べると
  蝶々は
   私の手のひらの上に
  接吻してくれた。

植木鉢の縁に
    白い小さな花が
   草の花が咲いていた。

 妻が出てきた。

あらあらあら
   と言いながら
  私の足元に
    しゃがみこむと

くるぶしに突き出た
    ふたつの螺子を
 ぐいぐいぐいと
巻いてくれた。

蝶々は
  白い花から離れ
    私はまた元気よく
  歩きはじめた。


二〇一五年五月七日 「ぷくぷくちゃかぱ。」


ぷくぷくちゃかぱ
ぷくぷくちゃかぱ
ぷくぷくちゃかぱ
ぷくぷくちゃかぱ
ぱかぱかちゃかぱ
ぱかぱかちゃかぱ
ぷくぷくちゃかぱ
ぷくぷくちゃかぱ
ぷくとぷぷくぷく
ぷくとぷぷくぷく
ぷくとくぷくぷく
ぷくとくぷくぷく
ぷくぷくちゃかぱ
ぷくぷくちゃかぱ
ぷくとぷちゃかぱ
ぷくとぷちゃかぱ
ぷくとぷぷぷぷぷ
ぷくとぷぷぷぷぷ
ちゃかぱかぱかぱ
ちゃかぱかぱかぱ
ちゃぱかぱかぱか
ちゃぱかぱかぱか
ぷくぷくちゃかぱ
ぷくぷくちゃかぱ
ぷぷぷぷぷぷぷぷ
ぷぷぷぷぷぷぷぷ


二〇一五年五月八日 「ゴルゴンチーズとオレンジの木」


 あいまいな記憶だけれど、ディラン・トマスがイタリア旅行したときに書いた手紙の内容が忘れられない。ほかのことは、みんな、忘れたのに。オレンジの木の姿がいいと書いてあった。ゴルゴンチーズがいちばん好きだと書いてあったと思う。なんでもない記述だけれど、この記述がとても印象的で、この記述しか覚えていない。

 記憶があいまいなので、『ディラン・トマス書簡集』(徳永暢三・太田直也訳)をぱらぱらとめくって、お目当ての箇所を探した。見つかったので、引用しておく。278─282ページにある、「親愛なるお父さん、お母さん」という言葉からはじまる書簡である。引用は手紙の終わりのほうにある言葉である。

 今朝、イーディス・シットウェルから手紙を受け取りましたが、彼女は僕たちがここに来た責任の大半は彼女にあるのです。彼女は、折に触れて作家に動き回るためのお金を与える、著作家協会旅行委員会の委員長なのですよ。お金といえば、銀行は一ポンドを九〇〇リラに換金してくれます。周知の事実ですが、自由市場では一八〇〇リラです。この地域──実のところ、北部のほとんどだと僕は思っているのですが──では食べ物が豊富です。この二日間、最高に調理された素晴らしい食べ物をいただきました。ディナーでは、まずリッチで濃厚なソースをかけた、とてもおいしいスパゲッティ系のもの、次に白身の肉ホワイト・ミート、アーティチョーク、ほうれん草にジャガイモ、それからパンとチーズ(ありとあらゆるチーズ。僕が好きなのはゴルゴンゾーラです)が出されて、林檎とオレンジや無花果、そしてコーヒーでした。食事にはいつも赤ワインがつきます。
 周りにオレンジがなっているのを眼にするのは愉快なものです。
(D・Jおよびフロレンス・トマス宛、一九四七年四月一一日、イタリア、ラバッロ、サン・ミケーレ・ディ・バガーナ、キューバ荘)


二〇一五年五月九日 「堕落」


 客はまばら。数えてみると、15、6人ほどしかいないポルノ映画館の床を、小便のようなものが伝い流れていた。こぼしたジュース類じゃなかった。コーヒー缶から零れ落ちたものでもなかった。しっかり小便の臭いがしてたもの。映画を見ながら、ジジイが漏らしたものなのだろう。しかし、こういった事物・事象の観察が楽しい。人生において、人間がいかに堕落することができるのか知ることは、ただ興味深いというだけではなく、自分が生きていく上で貴重な知見を得ることに等しいのだから。


二〇一五年五月十日 「詩のアイデア」


──年、──が死んだ。
──年、──が死んだ。
──年、──が死んだ。
──年、──が死んだ。
──年、──が死んだ。
──年、──が死んだ。
──年、──が死んだ。
──年、──が死んだ。
──年、──が死んだ。
──年、──が死んだ。
──年、──が死んだ。

  〇

──年、──が生れた。
──年、──が生れた。
──年、──が生れた。
──年、──が生れた。
──年、──が生れた。
──年、──が生れた。
──年、──が生れた。
──年、──が生れた。
──年、──が生れた。
──年、──が生れた。
──年、──が生れた。


二〇一五年五月十一日 「優しさの平方根」


 優しさの平方根って、なんだろう? 愛の2乗なら、わかるような気がするけど。


二〇一五年五月十二日 「嫌な物語」


 東寺のブックオフで、『厭な物語』(文春文庫)という、厭な物語を集めたアンソロジーを買った。目次を読むと、ハイスミスの「すっぽん」や、シャーリー・ジャクスンの「くじ」や、カフカの「判決」や、フラリー・オコナーの「前任はそういない」とか読んだのがあって、なつかしかった。読んでいないなと思うものに、クリスティーの「崖っぷち」や、ローレンス・ブロックの「言えないわけ」とか、モーリス・ルヴェル(これははじめて知った名前の作家)の「フェリシテ」とかあって、どんな厭な話なのだろうと楽しみである。厭な話を楽しみにしているというのも変だけど。表紙の赤ん坊の人形の顔面どアップが怖い。スタージョンの『人間以上』の、むかしの文庫本の表紙も怖かったけど。ありゃ、オコナーの「前任はそういない」は「善人はそういない」だった。間違ったタイトルでも、おもしろそうだけど、笑。すみません。


二〇一五年五月十三日 「檻。」


どちらが脱獄犯で、どちらが刑務官か
なんてことは、檻にとっては、どうでもよかった。

彼の仕事は、ただひとつ。
──鍵の味を忘れないことだけだった。


二〇一五年五月十四日 「言葉と言葉のやりとり」


 物質と物質の化学反応のように、物質と物質のやりとりは興味深い。同様に、人間が交わす言葉と言葉のやりとりも興味深い。人間と人間のやりとりも興味深いと言い換えてもよい。


二〇一五年五月十五日 「無意識領域の自我と意識領域の自我」


 夢をつくっているのは無意識領域の自我である。では、夢を見ているのは、意識領域の自我なのか。いや違う。夢を見ているのも、無意識領域の自我なのだ。では、なぜ、夢から覚めたあと、意識領域の自我が夢を憶えているのだろうか。ここに謎がある。無意識領域というのと、意識領域というものの存在の。あるいは非在の。


二〇一五年五月十六日 「B・B・キング」


 コリン・ウィルソンの『殺人の哲学』を再読して、チェックした点、3つ。1つ、マックゴナルという詩人の名前を知って、彼の詩が載っている、Very Bad Poetry とか、The World's Worst Poetry といった、へたくそで有名なへぼ詩人のみの詩選集を買ったこと。いま1つ。オーデンの詩句、「人生はやはり一つの祝福だ。/たとえ君が祝福できないとしても」(高儀 進訳)を知ったこと。オーデンを読んだことがあったのだが、こころに残る詩句が一つもなかったので、ぼくのなかでは、どうでもよい詩人だったが、この詩句を知ってから読み直した。読み直してみて、こころに残る詩句はまったくと言ってよいほど、ほとんどなかったが、そこから逆に、では、ぼくのこころに残る詩句とは、どんなものか、ということを考えさせられた。体験することは大切なことだが、その体験が知的な言語パズルとしてつくられていないと、退屈に感じてしまうというもの。芸術は、感性的に言っても、知的パズルにしかすぎない。それ以上のものではない。見事なパズルをつくる者が芸術家であり、その見事なパズルが芸術作品なのである。と、そう思う。あと1つは、笑ってしまったのだが、アメリカのユタ州で、1966年に、同性愛者による連続殺人事件が起こったというのだが、6人の被害者が、みな若くて、美しい青年だったらしくて、警察がつぎのような布告をしたらしい。「すべてのガソリンスタンドに対し、夕方になったら店を締めるか、必ず年配の者──できれば、そのうえひどく不器量な者──を接客係にするか、どちらかにするように要請した。」齢をとって、なおかつ、ブサイクな男は殺されないということである。笑っちゃいけないことかもしれないけれど、読んだとき、めっちゃ笑った。ちなみに、1つ目は17ページに、2つ目は27ページに、3つ目は400ページに載っている。『殺人の哲学』は、角川文庫版だが、これは改題されて、ほかの出版社から、『殺人ケース・ブック』の名前で再刊されたように記憶している。ぼくは、そちらで先に読んだ。
 ああ、そうだ。B・B・キングが亡くなったって、きのう、きみやさんで聞いたのだけれど、ぼくがフォローしてるひとのツイートには、ぜんぜん書いてなくって、ちょっとびっくり。


二〇一五年五月十七日 「二言、三言」


 きょうは、勤め先の学校の先生のおひとりとごいっしょに、イタリアンレストランで食事とお酒をいただいて、そのあと、ふたりで日知庵に行った。帰りに、西大路通りの松原のコンビニ「セブンイレブン」で、なんか買って帰ろうと思って寄った。そしたら、数週間前に見たかわいいバイトの男の子がいて、シュークリームを2個買って、その子が新聞をいじっていたそばに行くと、その子があいてるレジに行ったので「ひげ、そったの?」と訊くと「似合ってましたか?」と訊いてきたので、「かわいかったよ。」と言うと、横を向きながら(横を向いてなにか作業をするという感じじゃなかった。)レジを操作して、ぼくに釣銭を渡してくれたのだけれど、その男の子の指が、ぼくの手のひらに触れる瞬間に、ちらとぼくの目を見つめ返してくれた目が、かつてぼくが好きだった男の子の目といっしょで、ドキドキした。名前をしっかり見た。かつてぼくが好きだった男の子というのは、下鴨に住んでたとき、向かいのビリヤード屋でバイトしてた九州出身の男の子のこと。住んでたとこの近くで会ったとき、目があって、見つめ合って、ぼくが声をかけたのだった。そのあとは、彼の方が積極的になって「こんど、男同士の話をしましょう」と言ってきて、でも、そのあまりの積極性に、ぼくの方がたじたじとなって、消極的になってしまって。あのとき、どうして、ぼくは、彼のことを受けとめてあげられなかったのだろう。そんなふうに、受けとめられなかった男の子の思い出がいくつもあって。森園勝敏の「エスケープ」を聴きながら、ケイちゃんのことを思い出した。ぼくが21歳くらいで、ケイちゃんは23歳くらいだったかな。ふたりで、夜中に、四条河原町の阪急電車の出入り口のところで、肩を寄せ合って、くっちゃべっていた。お互いに自分たちの家に帰るのを少しでも遅くしようとして。「エスケープ」「ひげ、そったの?」「似合ってましたか?」「かわいかったよ。」こういうのって、二言、三言って言うんだろうけど、なんだか、ぼくの人生って、この二言、三言ってものの連続って感じ。


二〇一五年五月十八日 「道端で傷を負った犬に捧ぐ」


 仕事が忙しくて、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの英詩翻訳をほっぽらかしてた。きょう、あした、学校がないので、訳したい。きのう、ちらっと読んでいたら、とてもすてきな詩だったので、日本語にできたらいいなと思った。これからマクドナルドにアイス・コーヒーを飲みに行く。ぼくのような54才のジジイが、赤線いっぱい入れた、英文をにらみつけてる姿を見たら、老人の学生と間違われるかもしれない。知ってる単語でも、最適の訳語を探すために、もとの英文の行間には、赤いペンで、訳語の候補をびっちり書き込むのだ。行間だけでは足りないから、ひきこみ線をつけて、上下左右の空白にもびっちり書き込むのだ。あ、ほんと、高校生か大学生みたい。マクドナルドで、アイス・コーヒー飲みながら、ウィリアムズの詩の翻訳の下書きを書いていた。下訳というのだろうか。英語のままでわかるのに、日本語になかなかできないというのは、じつは、英語でもわかっていないのかもしれない。食事をしたら、下訳に手をつけて、ブログに貼り付けよう。いつものように、しょっちゅう、手を入れることになりそうだけれど。きょう訳したいと思っているウィリアムズの詩、いい詩だと思う。『To a Dog Injured in the Street』だ。これもまた、思潮社の海外詩文庫『ウィリアムズ詩集』に収録されていなかったので、訳そうと思ったのだ。ぼくのように英語の出来の悪い人間じゃなくて、もっと英語のできるひとが、よりいい翻訳をすればいいのになって思う。ほんと、ぼくより英語ができるひとって、山ほどいると思うのに、なんで訳さないんだろう、不思議だ。ウィリアムズは、自然の事物を子細に観察し、それを詩的な表現にまで昇華する能力にたけているのだなと思う。詩人にはぜったい的に必要な能力だと思う。この能力が、ぼくには欠けているらしい。よって、ぼくが自分の能力を傾けるのは、べつの点からであるのだろう。たとえば、詩の構造を通して、言語とはなにかということを模索することなどである。いろいろな詩があっていい。翻訳はしんどいけど、うまく訳せたなってときの喜びは大きくって、とくにウィリアムズの詩は、自然観察に優れた才のあるひとだから、訳してると、ほんとうに勉強になる。まさしく「事物を離れて観念はない」などと思う。

  〇

To a Dog Injured in the Street

William Carlos Williams

It is myself,
not the poor beast lying there
yelping with pain
that brings me to myself with a start─
as at the explosion
of a bomb, a bomb that has laid
all the world waste.
I can do nothin
but sing about it
and so I am assuaged
from my pain.

A drowsy numbness drowns my sense
as if of hemlock
I had drunk. I think
of the poetry
of Rene Char
and all he must have seen
and suffered
that has brought him
to speak only of
sedgy rivers,
of daffodils and tulips
whose roots they water,
even to the free-flowing river
that laves the rootlets
of those sweet-scented flowers
that people the
milky
way

I remember Norma
our English setter of my childhood
her silky ears
and expressive eyes.
She had a litter
of pups one night
in our pantry and I kicked
one of them
thinking, in my alarm,
that they
were biting her breasts
to destroy her.

I remember also
a dead rabbit
lying harmlessly
on the outspread palm
of a hunter's hand.
As I stood by
watching
he took a hunting knife
and with a laugh
thrust it
up into the animal's private parts.
I almost fainted.

Why should I think of that now?
The cries of a dying dog
are to be blotted out
as best I can.
Rene Char
you are poet who believes
in the power of beauty
to right all wrongs.
I believe it also.
With invention and courage
we shall surpass
the pitiful dumb beasts,
let all men believe it,
as you have taught me also
to believe it.

英語の詩句、ぼくの翻訳のようにレイアウトされてます。
現代詩フォーラムに投稿したものも投稿時にそうレイアウトしましたが
反映されませんでした。


道端で傷を負った犬に捧ぐ

ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ

そいつは、ぼく自身のことなんだ、
       そこに横たわっている可哀そうな動物のことじゃなくてね
                  痛くって、キャンキャン吠えてるやつじゃなくてね
そいつは、ぼくをびくっとさせて正気に返らせてくれるんだ──
           爆発の瞬間というものによって
                爆弾のさ、仕掛けられた爆弾のさ
世界中が荒廃している。
      ぼくには、なすすべがない
               そのことについて歌う以外のことは
そうして、ぼくは逃れるんだ
         ぼくの痛みからね

眠気を催さすしびれのようなものが、ぼくの感覚を麻痺させる
     まるでドクニンジンを飲んだときのようなね
              ぼくはそれを飲んだことがあるんだ。ぼくは考える
ルネ・シャールの
      詩のことを
           彼が遭遇したに違いないすべてのことについて
彼が苦しんだに違いないすべてのことについて
     でも、そのことで、彼は書くことになったのさ、書くということだけに
スゲの茂った川についてね
      ラッパスイセンやチューリップが
               その根をはわせて水を吸い上げているところ
水がひらたく、ゆったりと流れるその川には
                甘い香りを放つ
                   それらの葉っぱや小さな根っこが浮かんでいる
そこでは
       人びとは
              銀河のようだ

ぼくはノーマのことを憶えている
        子どものころに飼ってたイングリッシュ・セッターで
                           彼女の絹のような耳
そして表情豊かだった目を
        ある晩、彼女はひと群れの小犬たちを連れてきた
ぼくたちが食器を運んだりするところにだよ、それで、ぼくはひと蹴りしてやったんだ
            その小犬のうちの一匹を
                   考え込んじゃったよ、ぼくはびっくりしたんだ
だって、そのとき、小犬たちが彼女を引き裂こうとして
               彼女の胸に噛みついちゃったんだもの

ぼくはまた憶えている
       一匹の死んだウサギのことを
                だれのことも脅かすことなく横たわっていたよ
ハンターの         
     ひろげた手のひらのうえにいるそいつのことを
                        ぼくがそばに立って
見ていると
    彼は狩猟用ナイフを手にして
               そして顔には笑みを浮かべてさ
ナイフをぐいっと突き刺したんだ
         そのウサギの陰部にさ
                ぼくは気を失いそうになったよ

どうして、いま、ぼくはそのことを考えてしまうんだろう?
                   殺処分されることになっている
                            死にかけの犬の叫び声
ぼくは自分ができることしかできないけれど
           ルネ・シャール
               あなたは詩人だ
すべての過ちを正す
        美の力を信じている詩人だ。
                ぼくもまた、その美の力を信じているよ。
創作と勇気があれば
       ぼくたちは
            あの口のきけない可哀そうな動物たちを越えられるだろう。
すべての人間たちにそのことを信じさせてほしい
          あなたがぼくにそのことを信じるよう
                     教えてくれたように。

  〇

このあいだ訳してみたものも書き込んでおこうかな。かわいらしい詩だった。

  〇

DANSE RUSSE

William Carlos Williams

If I when my wife is sleeping
and the baby and Kathleen
are sleeping
and the sun is a flame-white disc
in silken mists
above shining trees,─
if I in my north room
dance naked, grotesquely
before my mirror
waving my shirt round my head
and singing softly to myself:
‘I am lonely, lonely
I was born to be lonely,
I am best so!’
If I admire my arms, my face
my shoulders, flanks, buttocks
against the yellow drawn shades,─

Who shall say I am not
the happy genius of my household?


ロシアン・ダンス

ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ

もしも、ぼくの奥さんが眠ってたらね
ぼくの赤ちゃんと、ぼくの娘のキャスリンが
眠ってたらね
そして、太陽がギラギラと照り輝く円盤みたいで
日に照り輝く樹木のうえにも
絹のような霞がかかってたらね
それから、もしも、ぼくが、ぼくの北のほうにある自分の部屋にいたらね
ぼくは裸になって、ばかみたいに
鏡を前にしてさ
ぼくはシャツを首にひらひらさせてさ
自分に向かってやさしくつぶやくように、こう歌うのさ
「ぼくはひとりっきり、ひとりっきりなのさ
 ひとりっきりになるために生まれたのさ
 こんなに最高な気分ってないよ!」って。
歪んで小さくなった、その黄色いぼくの影たちを背景にして
ぼくは、ぼくの両腕を讃える。ぼくの顔を讃える。
ぼくの両肩を讃える。ぼくの横っ腹を讃える。ぼくのお尻を讃える──

ぼくが、ぼくの家族のなかで
ぼくが最高に幸福な天才じゃないって、だれか言えるひといる?

  〇

 塾の帰りに、ブックオフで、フォワードの『竜の卵』を買った。カヴァーにすこしよれがあるけれど、まあ、いいかと思った。郵便受に、手塚富雄訳のゲーテ『ファウスト』第二部・下巻が入っていた。カヴァーの状態がよくないが、まあ、これは読めたらいい部類の本だから、がまんしよう。


二〇一五年五月十九日 「ケイちゃん」


「きょう、オレんちに泊まりにくる?」
ぼくは、まだ大学生で
外泊する理由を親に話せなかった。
返事をしないでいると
ケイちゃんは残念そうな顔をした。
ぼくはなにも言えなくて
阪急の河原町駅の入口
階段の前に
しばらくのあいだ
ふたり並んですわりこんでいた。
おろした手の甲をくっつけあって。
ぼくより少し背が高くて
ぼくより2つ上だった。
ぼくたちの目の前を
たくさんのひとたちが通っていった。
ぼくたちも
たぶん、彼らにとっては
風景の一部で
でも、若い男の子が
夜に
ふたりぴったり身を寄せ合って
黙っている姿は
どんなふうにとられていたんやろ。
ケイちゃんはカッコよかったし
ぼくは童顔で
ぽっちゃりさんのかわいらしい顔だったから
たぶん、うつくしかったと思うけど
他人になって
ぼくたちふたりを見たかったなあ。
10年後に
ゲイ・スナックで会ったケイちゃんは
まるで別人のような変わり方をしていた。
かわいらしいやさしそうな表情は
いかつい意地の悪い感じになっていた。
なにがあったのか知らないけれど
20代前半のうつくしさは
まったくどこにも残っていなかった。
「その子と
 きょうはいっしょなんや」
少し前に、ぼくが知り合った子と
ぼくを見て。
「きょう、オレんちに泊まりにくる?」
そう言ってくれたケイちゃんの面影は
そう言ってくれたケイちゃんに
ちゃんと返事できなかったぼくを
ゆるしてくれたケイちゃんの面影はどこにもなかった。
ある年齢をこえると
がらりと顔が変わるひとがいて
若いときの面影がどこにもなくて
そう言うぼくだって
若いときの童顔は
見る影もなく
いまは、いかついオジンになってしまっているけれど
付き合った子たちと
また会うってことは、ほとんどないのだけれど
ひとりだけかな
前の恋人だけど
きょうも会っていて
ぼくは日知庵で飲んでた。
ヨッパのぼくに
「はよ恋人、見つけや」
そう言われたぼくは笑いながら
「死ね」
って言い返していた。
店の外に出たときに言ったから
繁華街の道を歩いてるカップルたちが
驚いて、ぼくの顔を見ていた。
前の恋人は、別れてからも魅力的で
それがいちばんくやしい、笑。
ケイちゃんとはじめてメイク・ラブした夜
ラブホテルで
東山三条かな
蹴上ってところだったかな
ゲイでも入れる『デミアン』って名前のホテルでね
そこで
「いっしょに行く?」
って、セックスしているときに言われて
「えっ? どこに?」
って、バカなこと言ったぼくだったけど
ケイちゃんは、ちょっと困った顔をしてたけど
ぼくは、気が散ってしまって
けっきょく、ぼくはあとになって
いっしょに行けなかった。
とてもはずかしい記憶。
そのときのはずかしさは
いまでも
そのときの時間や場所や出来事が記憶しているんじゃないかな。
はじめてケイちゃんに会って
はじめてケイちゃんと口をきいたときの
あのドキドキは
繰り返し
ぼくにあらわれた。
違った時間や場所で
違った子との出会いで。
なんて言ったかな
あれ
あの
まるで
風と戯れる
ちぎれた蜘蛛の巣のかけらのように。


二〇一五年五月二十日 「手」


手の方が先に動いていることがある。
いや、動き出そうとすることがあるのだ。
かわいらしい男の子や女の子がそばにいると。
手のひらがひらいているのだ。
ふと気がつくと、手のひらが時間を隔てた写真をコマ送りにしたみたいに
ひらいていくのだった。
たとえば、それが電車のなかであったなら
急いで手のひらに、ポールや吊り革をぎゅっと握らせなければならない。
歩いている道やショッピングしている店のなかだと、
上着のポケットにすばやく手をすべり込ませなければならない。
知らないうちに、手のひらがひらくのだから
いつ、自分の意思を無視しだすかわからないからだった。
やはり、手のほうが、ぼくより個性があるのかもしれない。
戦地なのに幸せ。
センチなのに幸せ。


二〇一五年五月二十一日 「松井先生」


 高校のとき、社会の先生に手を握られて教員室を飛び出しましたが、いま考えると、まだ23、4才の可愛いおデブさんの先生でした。ひとの顔って、あまり明確に憶えてないけど、その社会の先生の顔は憶えてる。おデブちゃんで、簡単な描線でかける感じやったから。テニスの上手なスポーツデブやった。当時は、ぼくは、デブがダメやったんやけど、20歳くらいのとき、はじめて付き合った2つ年上のひとがデブで、それからはデブ専に。ぼくは、自分の詩に、個人名も入れてるけれど、これって、もしかしたら、個人情報云々で訴えられるのかな。まあ、名前は書いてないけど、だれだか、同級生だったらわかるけど。でも、事実やったからなあ。まあ、しかし、よく考えたら、ぼくは未成年やったし、向こうが犯罪でしょ。しかし、時効か。ビタミンハウスってショーパブで、バイトをちょっとしたときには、若いおデブのお坊さんに手をぎゅっと握られて、そのときはデブ専やったから、めっちゃ幸せやった。あ、ぼくが大学院生のときのバイトね。女装もちょっとしたけど、化け物やった。化け物好きのひとも、たくさんいたけど、笑。京大のアメフト選手とはちょっとあって、ぼくも青春してたのね。そういえば、暗黒舞踏の白虎社のひとに「あたしたちと踊らない?」と誘われたのも、ビタミンハウスでバイトしてたとき。で、スタンドってバーで、女装してたオカマの友だちと朝まで飲んでたとき。いかつい眉毛なし2人に声をかけられた。金融関係のひとも、オカマ好きが多かった。当時は、お金持ちの客って、坊主と金融関係者ばっかってイメージ。バブルだった。でも、お坊さんって、若いお坊さんばっかだったけど、見た目は、みんな体育会系。ぼくの好きなひとは、だいたい、相撲部、柔道体型だったけど。水商売って、人間の暗部を見るけど、ハチャメチャで楽しいとこもあった。ニューハーフは、はっきり2つにわかれる。えげつないやつと、めっちゃいいひとと。めっちゃいいひとのひとり、自殺しちゃったけど、よくしてもらったから、いい思い出がいっぱい。昼間からドレス着て日傘さして歩いてはったわ。オカマの友だちが居酒屋をするかもしれないから手伝ってと言われてる。かしこいひと相手にできるの、あっちゃんだけやからって、かしこいひとって、相手にしなくても、勝手にしゃべって飲んでるからいいんじゃないって言うのだけど。しかし、塾と学校で、ほかにも仕事は無理やわ。無理よ。


二〇一五年五月二十二日 「油びきの日。」


油びきの日になると
教室も、廊下も
みんな、きれいに掃き清められる。
目地と目地の隙間に
箒の手が入る。

掻き出し、かきだされる
塵と、埃と、砂粒たち。
ぼくらがグラウンドから
毎日、まいにち運んできた
塵と、埃と、砂粒たち。

掻き出し、かきだされる
塵と、埃と、砂粒たち。
ぼくらが運動場(グラウンド)から
毎日、まいにち運んできた
塵と、埃と、砂粒たち。

油びきの日になると
床や、廊下が
すっかり生まれ変わる。
黒くなって強くなる。

ぼくらも日毎に黒くなる。
夏の日射しに黒くなる。
黒くなって強くなる。
つまずき、転んで強くなる。
赤チン塗って強くなる。


二〇一五年五月二十三日 「13の過去(仮題)」


 朝、コンビニで、サラダとカレーパン買って、食べた。通勤の行き帰りでは、ロバート・シルヴァーバーグの『ヴァレンタイン卿の城』上巻のつづきを読んだ。ジャグラーについて詳述されているのだが、それが詩論に照応する。シルヴァーバーグのものは、いつでもそうだが、詩論として吸収できるのだ。『図書館の掟。』と『舞姫。』は別々の作品で、ただ幾つかの設定を同じ世界にしていたのだけれど、きょう、シルヴァーバーグの『ヴァレンタイン卿の城』の上巻を仕事帰りの電車のなかで読んでいて、ふと、『図書館の掟。』の最後のパートと、『舞姫。』のすべての部分をつなぐ完璧な場面を思いついた。それが、『13の過去(仮題)』第1回目の作品になる。どの時期のぼくだったか特定する様子を描く。若いときのぼくを観察する様子を描く。若いときのぼくが、ドッペルゲンガーを見る。若いときに見たぼくのドッペルゲンガーとは、じつは、齢をとったぼくが、若いときのぼくを見てたときの姿だったという話だ。『13の過去(仮題)』の冒頭。バスのシーンで、バスについての考察。地球は円である。高速度で回転している円のうえを、のろのろと走行しているバスを思い描く。ここでも、54才のぼくの視点と15才のぼくの視点の交錯がある。『13の過去(仮題)』において、もうひとりのぼくの存在のはじまりを探求する。マルブツ百貨店での贋の記憶がはじまりのような気がする。あるいは、幼稚園のときの岡崎動物園でみた片方の角しかない鹿が両方に角のある鹿と激しく喧嘩してたシーンのときとか。これもメモだが、八坂神社の仁王像の金網。昔はなかった。子どものときと同じ風景ではない。高野川の浚渫されなくなってからの中州の土の盛り上がりにも驚かされたが。円山公園の池の掃除のとき、亀が甲羅干ししてた。


二〇一五年五月二十四日 「濡れたマッチ」


濡れたマッチには火がつかない。
ぽろぽろと頭が欠けていく。


二〇一五年五月二十五日 「記憶再生装置としての文学」


 記憶再生装置としての文学。自分の作品のみならず、他人の作品を読んだときにも、忘れていたことが思い出されることがある。このとき注意しなければならないのは、読んだものの影響が記憶に混じってしまっている可能性がゼロではないということ。まったく事実ではない記憶がつくられる場合があるのだ。


二〇一五年五月二十六日 「磁場としての文学空間」


 磁場としての文学空間。電流が流れると磁場が生じる。作品を読んでいるときに、どこかで電流が流れているのかもしれない。言葉と言葉がつながって、電流のようなものが流れているのかもしれない。頭のなかに磁場のようなものが生じているのではないだろうか。そんな気がする。すぐれた作品のみならず。


二〇一五年五月二十七日 「巣箱から蜂蜜があふれ出てしたたり落ちていた」


 高知の窪川に、ぼくを生んだ母に会いに行った。ぼくが二十歳のときだった。はじめて実母に会ったのだった。近所に叔父の家があって、その畑があってた。畑では、隅に蜜蜂の巣箱があって、巣箱からは、蜂蜜があふれ出てしたたり落ちていた。その数年後、叔父が木の枝に首をくくって亡くなったという。ぼくが会ったときは、おとなしい、身体の小さいひとだった。いっしょにお酒を飲んだ。若いときは、荒れたひとだったという。


二〇一五年五月二十八日 「ふるさとは遠くにありて思うもの」


 きょう、五条堀川のブックオフに行って、24冊売って、1010円。で、『日本の詩歌』シリーズが1冊108円だったので、7巻買って、756円使った。以前に、学校で借りて全巻に目を通していたし、講談社版・日本現代文學全集・108巻の『現代詩歌集』というアンソロジーに主要な作品が入っていたのだが、薄い紫色の小さな文字の脚注がなつかしくて買った。そうそう。草野心平さんの、『日本の詩歌』では、一文字アキだった。丸山薫の詩に影響を受けて、『Pastiche』をつくったのだけれど、いまだに、だれも指摘してくれない。中也は好きではないが、買っておいた。この齢で(54歳である)中也はもう読めないと思うのだけれど。宮沢賢治は、齢をとっても読める詩人であると思う。じっさい、ブックオフでちら読みしていて、イマジネーションが浮かんだからである。西脇順三郎さんのは、何冊も読んだし、ぽるぷ出版の『西脇順三郎詩集』も持っているが、やはり、薄い紫色の脚注の文字がなつかしくて、買っておいた。あっ、唱歌のものがあったけれど、ぼくは学者じゃないからいらないやと思って買わなかったけれど、戦争中の唱歌とかあって、笑ってしまった。戦争讃美の歌を西条八十なんかが書いてたんだね。めっちゃ幼稚な詩だった。あ、おもしろそうだから、買いに行こう。行ってきます。で、ブックオフ、ふたたび、『日本歌唱集』と『室生犀星』を買ってきた。犀星は、「こぼれたわらいなら、どこかに落ちているのだろう」とか、ああ、らりるれろ、らりるれろ」とかだったかな、すてきなフレーズを書いていて、そうだ、「ふるさとは遠くにありて思うもの」ってのも、犀星じゃなかったっけ。


二〇一五年五月二十九日 「そうしていまでは、もうタイトルも思い出せない。」


 きょうも朝から本棚の整理をしていた。ここ2日間で、ブックオフで60冊ばかり売って、2000円だった。まあ、売り値は、買い値の10分の1から20分の1の間だということだろう。意外だったのは、売るのに躊躇していた『太陽破壊者』が買い取れないというので戻ってきたこと。ほっとして、いまクリアファイルで、本棚のまえに立てて飾れるプラスティック・ケースをつくって飾っていること。表紙が抜群にいいのだ。買い取られなくて、よかった。60冊の本のなかには、もう二度と読み直すものはなかったと思う。そうしていまでは、もうタイトルも思い出せない。


二〇一五年五月三十日 「ハンキー・ドリー」


 学校の帰りに、日知庵で飲んでた。むかし付き合った男の子にそっくりの子がきてて、びっくり。ぼくとおんなじ、数学の先生だっていうから、めっちゃ、びっくり。かわいかった。また会えるかなあ。会えればいいなあ。ヨッパのぼくは、いま、自分の部屋で、お酒に酔った頭をフラフラさせながら、デヴィッド・ボウイの「ハンキー・ドリー」を聴きながら、ボロボロ泣いてる。なんで泣いてるんだろう。わからない。泣きながら寝る。おやすみ。


二〇一五年五月三十一日 「エコー」


想いをこらせば
こだまする
きみの声
きみの声




自由詩 詩の日めくり 二〇一五年五月一日─三十一日 Copyright 田中宏輔 2021-02-07 01:08:33縦
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