ある巨人の話
由比良 倖
あるとき彼は巨人になりました
大きくて温厚な男でした
巨人になった彼は街のビルディングに鎖で縛られました
ビルディングの下を通る人たちは
彼を見上げながらも早足で駆け抜けました
ビルディングに客は来なくなりました
四階にあるおもちゃ屋は閉店しました
巨人になっても彼は暴れませんでした
彼に笑いかける人もありました
彼を不気味がる人もいました
彼はじっとしていました
彼は何も食べずにじっとしていました
あるときもう一人の巨人がやって来ました
女の巨人でした
彼女もまたビルディングに繋がれました
彼女の前を車がびゅんびゅん走り抜けます
彼女に踏みつぶされやしないかと運転手達は不安です
彼女は小さい静かな人間でした
にもかかわらず彼女は一日にして巨人になりました
真夜中、男の巨人の傍を一人の若者が歩いていました
恐いもの知らずの若者です
男の巨人は若者を指先でつまむと
自分の口の中にひょいと放り込みました
誰も見ているものはいませんでした
女の巨人だけがそれを見ていました
女の巨人は本当に何も食べませんでした
ただ雨粒を舐めるばかりでした
ある晩、男の巨人はまた人間を食べようとしました
太った老人が歩いてきたのです
男の巨人は太った老人を折って殺しました
女の巨人はその様子をじっと見つめていました
男の巨人は食べかけて思い直し
死体を女の巨人の方へ投げてやりました
女の巨人はそれに触ろうともしませんでした
死体を投げて返すことすらしませんでした
そのまま朝が来ました
太った老人の死体が女の巨人のすぐ傍に転がっていました
女の巨人は泣くことも笑うこともせずぼんやりしていました
男の巨人を見ることもしませんでした
集まった人達の視線を身じろぎもせずに受けていました
女の巨人は大きな大きなトラックに乗せられて
どこかに連れて行かれました
男の巨人はそれからも一人で生き続けました
寒い季節が来ました
男の巨人の上には冷たい雪がしんしんと降りました
男の巨人はまっ白な息をひとつほうっと吐くと
そのまま動かなくなりました