視破線
ただのみきや


暮れかけの空
トンビたちは思い思いの弧を描く
風に乗り
風を切り
風を起こし
また受けて
狩りの照準を
時折水平に起こし
淡くたなびく雲の帯を
くぐるつもりか遠く巡って
高く 低く 風に凭れては
弧に弧を接いでまた戻る
螺旋のスロープ
わたしの頭上を越えて行く
見える軌跡など残さずに
飛んで
 生きて
  うわの空






太陽神

太陽の長い裳裾に触れて
足下の海は輝きを飽和させる
沸き立つ光の過呼吸
波は意識を失くしている
瞑っても逃れられず
ひとつの顔が刻印される
海のこちらは雪の大地
仄青い陰影を帯びながら
愛撫に肌をうるませる
真昼の狩りを楽しむ古の天子
永遠に時代錯誤の神々しさ






嘘つきの無謬性

正午の海岸
日差しに背を向けて己の影から拾い上げる
沈黙から言葉を 言葉から沈黙を
深層の潮流が運び寄せる――蛭子
その透けた胎にひとつの捻じれが宿る
触診する瞳の真中から破水して 
咲くように心臓が電話した光の羅列
白い唾で嬉々として咀嚼と嘔吐を繰り返す
海は聾の耳たぶを刺激し続けた


わたしたちの時間は棺から足を出し
太陽はハンカチで秘密の通路をすでに消していた
異なる旋律を織り合わせることで歪みが生じ 
その歪みが今ひとつの顔となって追いかけて来る
――予てより聞かされていた復讐者
わたしたちは黒い釜で古釘と砂を炒って
ゆらめく大気の中で音と心の糊付けを剥がし
淡い痛点を針先で探る遊びに没頭しながらも
素足の少年少女さながら軽やかに美醜を嗅ぎ分け
火の蛇を寝かしつけた地母神のたゆたう白髪に
リキュールの雨で波紋を開けながら逃げ続けた


顔が迫って来る
入り乱れたカラスの無関心とテグスの縺れた時間は
境のないカンバスをこさえてわたしたちを物語る
おまえは抽斗ひきだしの翼の重みに耐えかねて
肉体を絵具のように微睡みの中に溶かしてしまう
時計の背中に隠された冷たい翡翠の鎖骨のために
香水をインクにして一枚の遺言を書き残した
それは夜明けのテントの青い煙が絡みついた
柔らかいトルソと群がる狼の行方を記したソネット
赤い涎の封印から生えた舌がひとつの眼で
あらゆる時の方位角を見張っていた


いよいよ顔が寓意を漲らせ迫った瞬間
時計は自ら留め金を外して瓦解した
無数の論理は足を失くし歯車は死者の口角で
虹色の断片を凍ったパン屑みたいに撒き散らした
下腹部では一つの薔薇の蕾が漲っては次々と開き
わたしたちの餓えは限界を超え ついに
世界を内側から咬んでパンクさせてしまう
知覚しうる全てのものがその知覚をも含め
何一つ知覚し得ない未知なる外界へ流失して行く
――誰かがカップ焼ソバのお湯を捨てに立ち上がった
わたしたちは一個小隊の餓鬼となって
見開いては景色を食い荒らし 変態の羞恥を覆って
紡ぐはずだった絹糸で文明の地獄絵図を織り上げた
わたしたちはわたしたちの絵の中で苛まれ
全滅した


顔はトルソへ姿を変える 
欲望の形相 常夜の半球で喘ぐたわわな腫瘍
なおも渦潮から逃れ追いかけて来る復讐者
わたしたちは一個連隊の武装ハイカーとして
絵師の魔術的技巧により青い高地に展開した
牧場の中の教室では情報アレルギーの教師たちが
不倫の仔を孕むべく子供たちに精神的実験を試みる
すると電解された情緒不全がカタツムリの殻で
沸騰しいくつかの共感覚が首を斬られた鶏のように
一つ二つの片言を叫んで大通りを駆け抜けたが
孤独の誤読に耐え切れず妄想的神経網は壊死する


一斉射撃で迎え撃つ
わたしたちは縫い付けられた瞼を欲望で引き裂き
羊たちが詠歎の長い腸を引きずって海へ帰る午後に
太陽の堕胎した消炭を腹に受けて開花する少女の肉が
壊れたテレビから食い尽くす蝗の群れを呼び出した
あの砂嵐のような時の稜線を
わたしたちは一斉射撃で迎え撃った
花壇でハサミは錯乱し影や光線を切り抜いて
蜜蜂は脳に出入して濃い蜜の中には映画館があった
スリッパは夜更けにアルビノの魚になって床を跳ね
一秒を三連符でとる男は両手で月を風呂に沈める
いつも丸裸にされたこどもが刺青される夢を見た
それら全てが手紙であり騙し絵だった


わたしたちはわたしへと集約され
夏の繁栄と殺戮を見つめる芥子の眼のように
暗唱する
運命の轆轤を回し 神秘の釉薬を塗り
絶対零度の火を呼び下す
ひとつの虚構を影としたその対照的対称よ
ホトトギスの樹の洞に隠された胎児の骸
擂粉木すりこぎに全神経を欹てて黒く苦い乳を垂らし
よく出来た人形のように醜悪に全てを捉え
胡乱うろんな生と死の半熟を好んで食べる


眩い光に呼吸のしかたを忘れ
  絶望の
 先にある
淡い朝焼けにたなびく雲を泡立てようと
一本の葦で空を切るこどものまま
収縮と流出の外側へ
 わたしはわたしの影 
  青い血のトルソに跨って



                   《2021年1月23日》












自由詩 視破線 Copyright ただのみきや 2021-01-23 14:49:03
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