行方
墨晶

 閉館前の図書館の灯りを後にして、その子供は夜道を、ひとり自転車を漕いで帰った。前輪の上の籠の中で借りた本が揺れていた筈だ。それは、遡って、学校から帰るとすぐに団地の住まいから4キロメートル離れた図書館を目指しその鍵っ子は家を出たと云う事でもある。
 夜道はカレーの匂いがしたが家に着くころにはシャンプーの匂いに満ちていた。しかし、以上の記憶は、わたしには無い。
 顔も視えない夜道の途中で、その子供から鍵を受け取り、暗い玄関のドアを開けたのは、わたしだ。あの子供は、それきり家に帰らなかった。わたしたちは入れ替わったのだ。
 この年齢になれば、家に帰らなかった子供たちや、わたしのように彼らのその後の人生を引き継いだ者の成り行きなど、稀有な事ではないと知っている。そしてわたしたちの計画は大概上手くいくと云う事も。
 入れ替わり続けるわたしたちは、互いに初めて出会う同士であっても、すぐわかる。「あなたは何度目ですか?」などと云って笑い合うのだ。
 
 
 


自由詩 行方 Copyright 墨晶 2021-01-09 06:05:14
notebook Home