音楽へのオマージュ(補遺)
道草次郎
「はじまりの小詩」
洗面所の
鏡の前に立って
歯みがきをしていると
朝の光が
横顔を洗った
ふり向くと
トイレのドアが笑った
このとき
ぼくの何かは
まだ眠っていた
「エリーゼのために/ベートーベン」
想いをつづる
手のふるえ
夜毎募るは
引く潮の哀しさ
こころは
浅瀬を漂い
明けを焦がれながらも
月暈にしたしむ
やがて
想いは春の野へ
軽やかな足取りは
子兎に似て
ひた走る
鼓動の純粋
ふと
階下に
転げ落ちる想いの
切れ端
夢の
うつくしき終焉
「人形の(ための)セレナーデ/ドヴュッシー」
小走り
小走り
星影の浜辺を小走り
かかとを鳴らせ
くびを曲げろ
盗賊の
あいくち
月に映え
星の童話は
スマートよ
御伽の国は
操りにんぎょう
「四季・秋/ヴィヴァルディ」
そこには
単一神がおわす
黄金で敷きつめられた舗道のうえ
さんざめく透明な枝葉の懐に
うたっている
軽やかな小鳥となり
囀っている
舞い遊ぶ木の葉たち
楽しげに吹きわたる風たち
秋には
たしかに神がおわす
ただ一つの
全なる旋律の創造主が
ほまれの名を冠して
そこに
「四季・冬/ヴィヴァルディ」
白き朝の喜び
雪の結晶に刻まれた
神の名を目にしてわらう
童たちの純朴さ
橇の手綱をにぎるてのひらの傷み
冴えざえとし
小高い丘を越えてならび立つ
針葉樹の露はきらめく
朝餉のけむりのかなた
はるか高山に
群れ咲いているだろう
百合たちのほね
「ピアノソナタ第二番アレグロ/ベートーベン」
掃除だ
掃除だ
大掃除
みんな出てきてやろうじゃないか
これをそっちへ
あれはこっちに
さあどうだ
これでどうだ
きみは掃除が好きかい?
ぼくは掃除がすきなのさ
うたう小鳥の
羽根みたく
かろやかに
片付けられたら
どんなに
いいきぶんだろう!
さあやろう
盛大に
みんなできれいにしようじゃないか
天の伽藍もひとはきだ
客間の地球儀もふいとくれ
さあさあ
楽しいぞ
みんなでやろう
掃除をやろう!
「森のワルツ/ドリーブ」
ゆかいな仲間たち
こずえから顔出すやつだれだ
丸太の小屋がおれん家で
きみらの棲家は洞んなか
合わせ鏡に驚きなさんな
よちよち歩きの
ひよこちゃん
さあきょうは
すばらしいお祭りだ
水車がまわる
めがまわる
キツネがおかしなふうだから
雲もわらっているんだよ
とにかく
きょうはいい日だな
天のかみさま
感謝しますこの一日に
ああ
小躍り日和
愉快な日和!
「おしまいの小詩」
岸辺をやさしく打つさざなみのフーガは
膨大な背景へ敷衍されてゆく旋律
鰓呼吸のニュアンスも
やがてその枠組みをうしない
ふたたび
もと通り海のかたちとなる