遺失物
飯沼ふるい

いまどき
おっぽろった釣り銭のために
自販機へ土下座しなきゃならないなんて
陰に指を差し込めば
なんだか懐かしい冷たさと砂の手触り
いつからいたのか
猫が
目礼をかわして飴色に消えていく
せめて穴だらけの帰属意識を笑え
あ、哀しみの死骸
硬い殻に匿われた灰色の脚に
砂やほこりが絡まっている
お、憎しみの死骸
つやつやした湿りの残る肉が地べたを濡らしている
陰の底で、いのちの群れは
青々と輝いて
でもごめんね
進んで触れようとは思えないよね
今が通り過ぎていくまで
ちょっと待ってて
指先の皮が硬化せんばかりに
地べたをまさぐる
それでも釣り銭は出てこない
フィリックスガムは見つけたけど
包装が半分破られて血を流している
いつか
揉み合いになりながら友達の拳を無理くりこじ開けて
ガムをぶんどって逃げたら
背後から飛び蹴りを食らい顎をアスファルトに強打した
血まみれの俺を
笑っていたから笑ったのか
血まみれの俺が
笑ったから笑っていたのか
その辺りよく覚えていないのは
軽く脳震盪を起こしていたからなのかもしれない
仲が良かった友達ほどいつのまにかいなくなる
富山で結婚したとかしないとか
いまさら会いたいとも思わない
毛羽立ってぼろぼろの指先をちぎり
もろとも自販機横の灰皿になげる
釣り銭は出てこなかった
いまさら惜しいとも思わない
ガムみたいに
意味も手垢も浸食された
野ざらしの語彙になったんだろう
画素を欠いていくこの星で
見えないものは
ひたすら見えなくなっていくから
【新品同様 哀しみの死骸】
【脳震盪 値下げ交渉可】
【富山 値下げしました】
いつか喪服の脱げない誰かが拾って
誰に見せるともない詩を読めばいい
復讐のように謳え
ぶ厚い夕焼けが山を黒く染めるように
そんな感じで死にたい
女の子がどこかから転園してきた
手を繋いでた先生が戸惑うほどに号泣してた
俺はテレビのそばで友達とブロックを積んで遊んでた
「夢に出てきた子とおんなじだね!」
そう同意を求められたときの気持ちだけが
陰に浮かんで
あ、あいつの死骸だ
って、哀しみや憎しみたちから指を差されたい
そして数秒考えてから
「そうだね!」
って明るく答えてしまった俺の代わりに
この世界に詩の無言が産まれればいい
言いたかったこと
言えなかったこと
なんて
そんなもんだろう
永遠なんて嘘だから
だからみんな死んでいく
いのちを忘れて死んでいく
だからなんの話だっけ
今どの辺まで来てるんだっけ
肝心のコーヒーまで取り忘れて
30年もどこをほっつき歩ってんだか
俺も溶けていけてるならいいのに
新しい指先まで探さなきゃならん
それが生きるということなんですか
あぁ、そうでした
やっぱりごめんね
進んで死のうとは思えないよね
いい加減な言葉ばかり失くしてないで
マシな明日を拾うまで
ちょっと待ってて
こんないい話だったっけ
釣り銭の話じゃなかったっけ


自由詩 遺失物 Copyright 飯沼ふるい 2021-01-05 00:57:51
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