音楽へのオマージュ(一部改訂・付け足し)
道草次郎

prologue「サティの波紋」

橘の香りする
枕もと
地球が訪ねきて
細いゆびを
こちらに突きだす

ティーテーブルで
フランネルの布がわらっている

(ちがう
(ちがう
(ここではないどこか

意味の底を
てくてく歩く幼子の
ポケットからはみだす
拳銃のような地勢

あるいは
濯がれた和音の
残響に似たうめき声が
たずねる場所を失くし


失くし
みずうみの上を漂っている



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G線上のアリア/J.S.バッハ/2008年10月31日

引延ばされ
世界の間隙に沈められてゆく悲哀
の律動/震え
たおやかなる叫び
収束する拡散の美しい調律もよう
淵よりたちのぼる
地の神のやさしき息吹と
頬ふれる指の白色
巻き上がる砂ののこす
かくされた熱い波動
世界を糸くずにしたまま
乙女の記憶はうつくしく凋む
幽かな
枠ぐみだけを遺して


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ジュ・トゥ・ヴー/サティ/2008年10月31日

たとえば
ヴェネツィアの
幽玄なる水路に
一艘の舟が漕ぎ出だす


すると
晴れかかった霧が向こうから
とつぜん
軽快なリズムの
石階段をかけ降りる足音が
追いかけてきて

可愛い砂糖菓子のような
楽しさを落としていく


けなげな喜びの萌えいづるさま
その
やさしき叩き/愛撫
健やかなる意図/眠り


時代を越え
場所すらかまわず
あふれ出していく創造の
しめやかなる聖水の音(ね)


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トロイメライ/シューマン/2008年10月31日

人知れず
しじまから旅立つ音階の
寝息ともつかぬ足音
鍵盤に募っていく
憂えた額を
月光は柔らかにつつむ
霧たつ夜道ゆく
たましいのさざなみ
ともし火の側で
夢の眠りに花がほころびる


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メロディ 作品42/チャイコフスキー/2008年11月1日

白ユリのような
品ある袖口のふれあい
薔薇にふりしきる
雨の情熱
弾ませた息を抑えこむ
その喜びに
息はさらに弾み
やがて
ひとつところに集まる
あずまやの恋


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アランフェス協奏曲第2楽章/ロドリーゴ/2008年11月1日

西部?
それともメキシコか?
いや、違う
此処は
はるかな国の岩砂漠

仙人掌(サボテン)の恋をして
蠍(さそり)をかどわかす
此処は
廃墟に埋もれた
廃墟の幻想

 (くらしの残厥(ざんけつ)に
 (くゆらせ煙草の火をあてて
 (夕陽は目をしばたたく

またがるすべての馬に鞍はなく
ほのかに
亡き王女の幻影が
地平線をわたっていく・・・・

そう、此処は
滅びた王国の
かつての武士(もののふ)たちの御霊がねむる
最はての安住地


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プレリュード 無伴奏チェロ組曲 第1番ト長調より/J.S.バッハ/2008年11月2日

騙されるな
無邪気なたわむれを装い
近づく悪夢もあろう
重低音の訪ない
アラベスクの仄めかし
やがて
なべての音は
繰り返す波にとってかわられ
残るは
旋律の
海なる溜息のみ



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ノクターン 第5番 嬰ヘ長調/ショパン/森のザネリ2008年11月3日

しっとりしたクッキーを
口にしたとたん
脳にひろがる森の波紋
栗鼠のいびき
糸杉のきをつけ

さりげない星影に
切り株が
年輪をさらしている

三日月からこぼれおちた
さかなたちの鱗
疑問のかたちでおおわれた
夜空の吐いき

みなもに優しくあわ立つ
記憶
さいわいの御しるし
予定された情熱の
結果となる音階
恩寵のような沈黙
そのためのような夜


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練習曲 第3番 ホ長調 (別れの曲)/ショパン/森のザネリ2008年11月4日

つのる情熱をはけてしまえる
糸口をさがし
水平状の階段をあるいていく

いきつく先になにを見るのか
愛撫により毀(こわ)されたコンパスの
くるった方針では心許ないが

追いすがる想いに
予感とともに近づいてくる足音が
鏡に映る未来を
いとも哀しげに捨て去っていく
そこに垣間見られる
苦悶と悦び/調律
そして亢進と冷静/拍動

銀の飛沫を散らし翔(と)びたつ
水鳥に
明けの望みを託すこころ根の
そのたとえ得ぬ健やかさ

想いは一途(いちず)にかけめぐり
緩やかに崩れさり
可視(みえ)ないバブルを次々に
まぶたの上に育てていく

夜明けを待ちながら
微熱に眩暈(めまい)に
そして甘やかな疲労にいつしか眠りを奪われ

朝にふたたび
もどり来るものといったら
それは
すべてを淡くして
薄明のしじまにやさしく降っていく
剥落したあの熱情のみ


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ノクターン 第2番 変ホ長調/ショパン/2008年11月4日

湖の
小島の真中(まなか)にある
夢のパゴダ
それから聴こえくるは
夜ごとに響きわたる
ハープの
不可思議な音色

ひた隠す慕い/憩い
燠(おき)に似た追想/俤(おもかげ)

湖岸には妖精たち
皓々たる月に
銀散らす水の足どり映え
うつくしく毀(こぼ)れた唇の
郁(かぐわ)しき安らい
鳴るように生えならぶ
青バラの彫刻

それは
夜々なりわたる夢幻の世界の
しずかなる横溢

きわだつひとつの音階すら
湖面のさざなみに
出会うたび
そのかたちを失ってゆく
うしなってゆく・・・


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ジムノペディ/サティ/2008年11月5日

つづく百年の
いつかはわからぬ
どこかの夕ぐれ
仲良くベンチに羽を休める
つがいの鳩が
おとす
ハート形の影法師

ほの蒼い空には
紫色の月の貌(かお)
しずまり返る雑踏に
たゆたう
活人画風の駅馬車

射す夕陽
草、街、ネオン
そしてねむり

微量の欲がうみおとす
骨たちの風

黒衣の男女が身よせ合って
あるく
石だたみの向こうがわには
ポンペイの骨壷と
星座の回文と
ほんの邪悪な文史(しるしぶみ)とがある

イデアの空を
はみ出していく雲の観想の
行く着くさきに
ある
茜を纏ったワイングラス

つまり
ひとり居が
至福となり得るということの
つかの間の証
どことなく
火に近い円みを帯びながら



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epilogue「時間と扉絵」

オリオン座模様の扉絵から
ウンガレッティが
飛び出す。
練りかけの句を見て
彼は、こう言う。

「線香花火の
    ような詩ですね
それは。
  きれいだ、」

十年の時を超え、
貝殻に忍び込んだのは。
どんな 鳥だ?




※森のザネリ名義で過去に現フォに投稿した詩の改訂バージョン


自由詩 音楽へのオマージュ(一部改訂・付け足し) Copyright 道草次郎 2021-01-03 17:46:50
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