Vermillion
TAT
横降りの
みぞれ混じりの冷たい雨が
降っている夜
俺は入り口も出口も無い
迷宮に裸足で迷い込んでいて
そうだこれは
あの昭和の日の
淋しい哀しい夕暮れだ
と思った
豆腐売りのラッパの音
俺は小二で
脇目もふらず
必死で逃げていた
砂利道を
足の爪を剥がしながら
ペタざつジャリざりカツガツと
全速力で
あの日空き地には
学童相手の煙売りの
紙芝居屋が
市を立てていて
ピエロが曲がる鏡を売っていた
俺を追いかけていた
あのクラウンの男は
道化師の男は
迎えに来た俺の母親に丁寧に
お辞儀して
宅の僕ちゃんは
元気が有り余っていて
良ござんすねと
世間話に誤魔化していたが
本当は鋭いナイフを
後ろ手に隠し持ちながら
俺の母親の月経の血の匂いを
鼻で嗅ぎ当てて
塒を巻いていたんだ
何故あの日
奴が陰惨に衝動のままに
俺と母親を殺さなかったのか
それは恐らく
俺の父親の月給が良かったからだ
当時満州から引き揚げてきたところで
戦争のどさくさ紛れの
黄金の闇売りに一枚噛んでいた
俺の父親は
ガス公団の幹部社員で
田舎の正規な市民だった
そんなわけで俺は今も
命拾いしたあの日の
夕焼けの
真っ赤なバーミリオンの色が
忘られない
あの深紅を