書くことを恐れてはいけないと誰かが言った
ふるる

私はある事件の参考人だった
様々な人がありとあらゆることを聞き
黄色い疑いの目で私を見るのだった
私は何も見ていないし知らないのに
そんなはずはないと言うのだった
都合のいい事を言えたら良かったが
私はほとんど食事をしない
その事だけでも充分におかしいのだった

叶えなければならない望みがいくつかあり
それは忘れてはならない
電車は定刻どおりには来なかった、
私はそれに乗らなかった

終わらせなければならい仕事があり
漆黒の検察官は厳しく責め立てるのだ
真実を述べよと
真実はかなり前から高額商品で
庶民の手には届かない

諦めてもらいたいのだが
参考人としての立場に揺るぎはなく
さりとて進展はないのだった
私しか現場にはおらず
Aさんはとても重要な立場の人らしかった
Aさんは知り合いだったが
普通に話すだけの人
ただ天気や体調のことなど

Aさんは実はという話を聞いて
小さい頃を思い出した
石ころをサイコロがわりに振って
どちらが先に進むか決める
Aさんはとても先に行ってしまい見えない
そういう友達がいた気がする

望みを叶えようとするといつも邪魔が
入って、
ままならないのだった
単にあの電車に乗りたいそれも定刻どおりにという望みさえ

仕事はいつもうまくいった
私にしかできない仕事なのだから当然
重宝されたし特別扱いもあったが
Aさんほどではないようだった

知れば知るほどAさんは遠くなってゆく
私の知り合いAさんはもうどこにもおらず
ただ無人の駅に冷たい風が吹いては荒れ
荒れては吹き
仕事に行きたいのだが
だんだんそれもできなくなっ
ていった

参考人であることが唯一の望みとなり
自己紹介もそうなったし
それで好ましいのだと言われた
Aさんは影となりしみとなり
どこまでもついてきては私の邪魔をしたいようだった

Aさんとはただの知り合いだけども
幸せを感じてはいけない気がする
とAさんはふともらし
その言葉の意味をいつも考えている
そういうのはどういう関係と言うのだろう

田舎から大量に野菜が送られてきて困っていたAさんはいない
重要な立場とはどういうのだろう
心で呼び掛けても答えず
現実でも眠ったままだ

ここは冬になっても暖かく
雪などは何年も見ていない
仕事などしなくても生きていける
食事もしないし趣味もないし
仕事だけが私のことわりだったのに
参考人だからという理由でさせてもらえない
Aさんが倒れていたあたりに倒れてみる
第一発見者にめでたくなれたのだと思うといいかもしれない
変だけれど

あるワクチンを作っていたらしいAさんは
食事をあまり取らない私を羨ましそうに見ていた
面倒だし野菜ばかりだし
聞かれても出てくるのはそんなことばかり
余計なことだらけで
だからこそ
私が第一発見者でよかったのだと思う

Aさんに任せておいた何かを失って
みんな困っているという
きっと頼りになる人だったのだろうけれど
Aさんがそうなろうとしたわけではなさそう
検事とはすっかり顔見知りになり
天気や体調の話まで出てきた
なんとなく
気が合う人だと思った

これまでの経緯を書いておいたらいいと言う人がいて
そんなことをしたらますますAさんがこぼれていくと思うけれど

書くことを恐れてはいけないとAさんも言うのだった





自由詩 書くことを恐れてはいけないと誰かが言った Copyright ふるる 2020-12-17 11:39:03
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