まるでうまくいかない
ホロウ・シカエルボク


凍てついた亡骸を引き摺りながら、悲鳴のこだまする方へと
不安定な足元を均しつけるように歩いた
空はシュールレアリスムのような曇りで
雨の代わりに百足でも降り注ぎそうな趣だった
亡骸はもうすっかり擦り減ってしまっていて、誰だかわからなくなっていて
あまり綺麗ではない足跡が背後にずっと刻まれていた
「すべてを忘れながら死んだ」と
そいつについて確かそう聞かされたという記憶があった
外気温についてはあまりよくわからなかった、けれど
おそらくは身を切るような寒さというやつで世界は覆われているだろう
目に映るものに温度をつけるとしたらそれしかなかった
アマポーラ、のメロディがなぜか思い出されて
歌詞をごまかしながら少し口ずさんだ、それきりもうどうでもよくなった
朽ち果てた豪邸の温室に潜り込んで亡骸をガーデンテーブルに寝かせ
チェアーに身体をあずけて少し仮眠を取った
居心地のよくない夢を見てすぐに目覚めた
たぶん二十分も経っていないだろう
時計のようなものはこれまでに一度も目にしていなかった
時間という概念が存在しない、あるいは
馴染みのあるそれとはまるで違う
ぼんやりとした流れだけが存在しているようなそんな感じがした
テーブルの上で亡骸はドライフラワーのように枯れた
もうこれ以上引き摺っても仕方がない
ここに置いていくことにした
そもそもどうしてそんなものを引き摺っていたのか
どんなに考えても思い出すことが出来なかった
大事なことだと教えられた気がするが
どちらにせよもう意味をなさなくなっているだろうと感じた
温室を出た、するとすべてが一瞬のうちに燃えた
振り返るとだだっ広い更地が広がっているだけだった

少し歩いたところで見つけた小川で美しい女が水浴びをしていた
おれを見ると親しい知り合いを見つけたような顔をして
川から上がり濡れたまま近寄ってきた
「ずいぶん遅かったのね」
おれは愛想笑いをして無遠慮に彼女を眺めた
「どうやら間に合わなかったのかな」
まあ、と、女はどちらにも取れる調子で答えた
「意味なんてハナからどちらでもかまわないように出来ているのよ」と言った
わからない、とおれは首を横に振った
わかるとかわからないとかではない、と女は諭すように言い
「面倒臭ければなしでいいし、そこに何かを求めたいなら付け足せばいい」
「どちらにせよそれはただの現象に過ぎないのだから、自分で選択すればいい」
そう言いながら女はおれの腕を掴んで川へと誘った
川の流れは見た目以上に速く、おれはあっという間に流されてしまった
水の間から女がこちらに手を振っているのが見えた

川から上がった瞬間、おれはそこを墓地だと思った
十字架が無数に突き立てられているのが見えたからだ
けれど表に回ってみるとそのひとつひとつに死体が打ち付けられてあった
あらゆる体毛が剃られていた
そのせいで塗装を失敗したマネキンが並んでいるみたいに見えた
十字架にはひとつだけ空きがあった、おれのせいだ、とおれは考えた
ここへ連れてこなければならなかったのだ
細く、背の高い男がどこからか現れて近寄ってきた
ごめんよ、とおれは詫びた
かまわない、と男は小さなかすれた声で答えた
「どちらにせよそれは現象に過ぎない」
おれはやれやれというように首を振って見せた
男はそんなおれを注意深く見つめていた、それから、難しいのか、と聞いた
「ーなにがだ?」「そんなふうに生きるのは」
生きることに簡単なことなどないよ、とおれは苦笑して言った
なるほどね、というように男は笑った
そしてあっという間もなくおれを棺に詰め込んで土に埋めた

暗闇の中でおれは目を見開いて現象を理解しようとしていた
ここにはもうおれの知っている命や酸素や恐怖の概念は存在していなかった
ただの圧倒的な暗闇だけがあった
どうだ、と土の上から声がした
「難しいか?」
「難し過ぎて簡単になった」とおれは答えた
わはは、と男が笑うと地が揺らぎ、割れ、おれはもと居た地表へと放り出された
男の姿はなく、十字架はすべて倒れ、棺はくしゃくしゃに潰れた
ちくしょう、とおれはつぶやいてその場に座り込んだ
「まるでうまくいかないな」



自由詩 まるでうまくいかない Copyright ホロウ・シカエルボク 2020-12-14 23:31:02
notebook Home 戻る