隠喩のような女たち
ただのみきや
道程
一つの結晶へ
近づくほどに遠ざかる
道程の薄闇
ああ目を凝らせ
不安を透かした薄皮を
一枚また一枚と剥離させ
焔のような白い裸婦像が
現の真中の空ろを炙る
*
とある時が孵る
気温も風向きも知らずに
出来事は
ひとりでに織り上がる
緻密なタペストリー
己を知らずに疑わない
得意げな童顔のように
それは在ってすでに無く
隙間なく生まれ続けて
途切れなく死に続ける
*
見えない弦に肌を欹てて
雀のような素振り
なにかを知る度
知らぬ者よりいっそう愚かに
可視化にもがいて
内に開いた底なしの
井戸へ錘を垂らし
千切れるほど張り詰めることで
暗く 灯る
古びた夢のデパート
*
あなたを見つめるものが
あなたの顔に映り込む
小さな池を覗き込んだ
樹影が縁取る空のように
器を
空のままで満たしている
己を隠した光の面差し
女盗賊のために
崩れる砂の身体
己という圏を失くし
記号の砂塵が地を暗くする時
母性の爪先へ
赤い花びらが落ちて来た
紙飛行機を咥えた
スフィンクスを追いかけて
呼吸と眼球の乱舞
唇に触れる熱砂の蛇
薔薇色の吐瀉物と
鳥のように旋回する
笑いの抑揚
陶工の手の中の亀
その冷たい甲羅から探り当てた
ルビーの鼓動 生命の借用書
有無も言わさず掻き切って
奪い 奪って移動する
砂の身体
化粧鏡の向こう
潜んだまま
暗示を誘い合う
美しい不安の傾斜角
蛍光灯的永遠の昼下がり
唇が見ている
そこに咲くように
その人を譬えるなら
眼差しの手管を逃れ
虚空に絡みつく
継目のない宝石よ
差し込む光のように開く
鋭利な雌蕊から
甘く 苦い
緩慢な死の芳香
あるいは
とても人懐こく見えて
打算もなく
素直に自分だけ愛している
凪いだ肉体に
小さな帆のような
機敏な耳
カケス
十数年ぶりにカケスを見た
子どもが大人になる時間が経った
幸せの青い鳥でも
不吉な鳥でもない
手垢のない美しさで
カケスは飛び去った
山の方か 記憶の中か
私家版の時間の
見つけられない何処かへ
別種
岩陰に潜む蜥蜴の尻尾を切っては
まるで竜の首でも斬り落としたかのように
見捨てられ術もなく蠢いている尻尾
皆の前で突いている――たまらないのだろう
モラルと憐憫で武装した尻尾狩り
彼らが泣く時にはほくそ笑み
彼らが笑う時には一人泣いていよう
彼らの祝祭には喪に服そう
一本の樹のように退かず
しなやかにかわしていこう
さもなければ倒れてしまえ
道連れに醜悪な食卓ごと叩き潰して
火と水による散華録
焼け爛れた秘密を
影のように縫い付けて
カンバスの中のあなた
傷んでゆくマルメロ
十二月の雨が消し忘れた戯れ
いとけなくすぼめた唇
湖の底の焼失家屋
瞑る目と目を重ねた
祈りに満たない冷たい温もり
*
労わるように記憶のネガを食む
小さな炎 蝶の夢よ
ゆっくりと炎上してゆく
箱舟を見上げながら
わたしたちは
霙に溺れる二つの青い瞳だった
秘密
棺に満ちる白菊のよう
清らかさから醸される
姉の 生々しい匂い
《2020年12月12日》