おそらくはそれすらも平凡な日々の欠片
あおば





夕食を済ますのが遅くなったのと
戸締まりをいつもより念入りにしたからか
終電車に乗り遅れ
とぼとぼと我が家に逆戻り
こんなに夜遅く
電車に乗って
朗読を聞くために
外出するなんて
電車に乗って
SSWS会場の
MARZに行くために
新宿に向かうなんて
今までには
無かったことだから
乗り遅れても
仕方ないとは
怠慢の言い訳で
帰宅が遅れ
夕食が遅れた
当然の帰結なのだ

新宿は
自転車では遠いいが
タクシーで行くなんて
考えたくもありません

燃料が残り少ない原付バイクを引き出して
自転車の空気入れで
タイヤのエアーを補充する
バッテリーも空なので
充電しなくてはならないが
その暇はない
走っていればそのうちに
電気は少しずつ貯まっていくだろう
古くさいヘルメット
いつものカバンに夕刊や
さがな54号をプリントしたもの
なんだか判らないもの
緑色の折り畳み雨傘
新宿は遠くないからと
カバンを閉める

真っ暗な空を見上げて
走り出す
バイクを押して走り出す
10mで
エンジンが掛かり
20m余りで
飛び乗って
やれやれと
ハンドルの力を抜いて
お客様の気楽な気分をすこしだけ
味わうのです

路地を抜けだし
大通りの立体交差の頂上付近を駆け上がり
寒くなったなあと感じた途端
エンジンがふぅーと息付いて
力が尽きて
停止した
ガソリンがもう尽きたのか
勢いで走りながらの始動も出来ない

坂を下り
車の流れが途絶えた時に
押しての始動を試みる
うざったそうに掛かったけれど
やる気がないのか少ししか走らない

ガソリンを補給するために
押して歩く
漸く
歩いて
通りかかった交番で
もう少し先ですよと教えられ

1000円札一枚でガソリン満タン

今度はエンジンの音が良い
すなおな音で回ってる
これからは万事旨くいくだろう
と思ったら
エンジン停止
ガス欠の後遺症で
まだ燃焼室が荒れているのだろう
しばらく落ち着かせてやらなければと
もう一度エンジンを押して掛けて
いつもの気持ちで大通りを走り出す
スピードが乗ったところで
レーンを乗り換え
立体交差に跨って
車の波に乗って行く
その途端
今度も
予告もなしにエンジン停止
車の波の中のこと
気楽な奴だと驚くが
エンジンは知らん顔
下っていたのが幸いで
たいしたことなく抜け出して
歩道の上で小休止
どうやら
点火プラグがストライキを始めたようで
困ったときがチャンスとは立場が違えば当たり前
文句を言うのは我が儘とは立場がきつくて思えない

点火プラグをはずして拭いて、放電間隔を狭めて取り付ける
これで良いと考えた
走り出せば調子が上がり
いつのまか直ってる
鼻風邪のようなものなのだ
と思ったら
新宿通でもエンジンがストライキ
大渋滞のタクシーの車の波のただ中で
誰にも告げずにストライキするなんて
君は
労働者としての意識はあるのかと
誰かがどこかで叫んでる
ことだろう

漸くのことで
辿り着いた歌舞伎町は
文字通りの不夜城で
バイクを押すのも気が引けて
回り道してたどり着く
SSWS会場は
文字通り熱気に溢れ
声に溢れ
心地よい音に
暢気なひとときを過ごしたので
帰りも酷い目に遭うとは
思わなかった
帰りは
早朝だから
道路ががら空き
すいすいと走り
直ぐに帰れるのだと
思っていた

エンスト
6回で
殆ど回らなくなり
腕も足もくたくたになり
痛くなり
諦めかけたその時に
工具袋の片隅に
懐中電灯に照らされて
私が代わりますとは言わないで
私の仕事の時間帯ではありませんと
寝言を言って
予備の点火プラグが眠っている
この野郎!様
お願いしますと言いながらのプラグ交換

15分後
休日の
のんびりとした朝刊を拡げ
明るくなったなと思いながら
この夜の光の中のことは
何が本当のイベントで
何が日々の欠片であるのか
考えているのです。





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初出 poenique 即興ゴルコンダ  2003/10月



未詩・独白 おそらくはそれすらも平凡な日々の欠片 Copyright あおば 2005-04-19 00:04:07
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