零から始まる何ものもない
こたきひろし

おんなはおとこの子を身籠る
おとこはおんなを孕ませる

子はおんなの胎内で
その養分で育ちながら産まれるときを待つ

零から始まる何ものもない
生命もまた
零から始まってなどいない

命は命へと繋がれていく鎖
零から始まるものじゃない


導かれて彼は人に産まれた
そしていつの間にか少年になってそこに立っていた
そことは街なかの書店

彼は終始落ち着かなかった
自分でも挙動が不審になってないかと不安になりながら
反面、防犯カメラの位置など気にかけていなかった
そして誰にも気づかれないように素早く雑誌を一冊学生服の内側に隠した

心臓が破裂しそうだった
だけど最初から万引きする為に書店に来たんじゃなかった
そんなつもりは欠片もなかったのに
盗んでいた
それは突然に悪魔が来て囁かれたと言うべきか

もし店を出る前に店員に気づかれて咎められたら、財布から現金を出して払えばすむと勝手な思い込みをしてしまった
果たしてそうなるかならないか

零から始まる何ものもない

たとえ途中真っ直ぐ素直に伸びたとしても
いつなんどき何かのきっかけで
捻れて曲がってしまう
成長とはそう言うべきものかも知れないのだ

零から始まるものは何もない


自由詩 零から始まる何ものもない Copyright こたきひろし 2020-12-06 01:00:10
notebook Home