過去の歌、散らばる道
ホロウ・シカエルボク


昨日の雨が水たまりのまま凍りついた海沿いの二車線は
曇り空の下で果てしなく寒々しく
わたしはブーツの滑り止めの具合を確かめてから
葬列の最後尾に着くみたいに歩いた
水平線は薄明りと虚無に飲み込まれていて
どれだけ歩いてもそんな曖昧な世界が
確かにずっと続いているだけだった
数十年前に潰れたコンビニの建物が
いまでもそのまま佇んでいる
何度かそこで買物をしたことがあった
ずっと煌めいていた
晴れの日が何日も続いていた頃に
こんな日には
堤防拡張工事の砂を運ぶダンプも
あまり砂を巻き上げずに通り過ぎていく

イヤホンで聞いているのはラジオ番組だった
どうしてみんな夏の終わる頃にだけ
狂ったように海の歌をうたうのだろう?
穏やかな春にも
縮み上がる冬にも
波はこうして砂浜をなめているのに

もう少ししたら
雨が少しだけ降るかもしれない
それはもしかしたら
雪に変わるかもしれない
川と海が交わるところ
河口大橋のあたりまで歩こうと思った
人生を
いろいろな風に迎え入れようとした時代のことを思いながら
つかむ、見つける、待つ、追いかける
だけど結局それは
滑らかに流れるべきいろいろなところを
無理やり堰き止めていたに過ぎなかった
人生はパンではない
それ相応の対価と、ともに
引き換えられるような甘いものではない

砂浜を三本脚の犬が歩いていた
歩いている理由は多分わたしと同じだった
やがて霧雨が降り始めた
雨の中に居ると
ほんの少し生きている気がするのはなぜだろう
目を覚ませ、目を覚ませと
優しい誰かに身体を揺さぶられているような
そんな気になるのはいったいどうしてなんだろう
折り畳み傘がバッグの中にあったけれど
取り出すことはしなかった
誰に会う予定もなかったし
きっと
困るほど濡れることはないに違いない
堤防の先端に居る釣り人も
知らん顔をして糸を垂れたままでいる

テレビのカメラマンらしき人が河口大橋の下で
とても真剣な様子で波を撮影していた
夕方のニュースででも使うのだろうか
もしかしたらわたしの思い違いかもしれないけれど
静かにカメラを動かしている体格のいい年老いた男は
まるで自分がもうすぐ死ぬと思っているみたいな感じがした
わたしは橋を渡ることにした
歩いて渡るのは初めてだったけれど
そこでおしまいにするのは躊躇われたのだ
ごうごうと下品なまでの自意識で車が行きかう端っこを
舞台袖を移動する演者のように歩いた
橋もやはり少し凍っていたけれど
歩くのに苦労するほどではなかった
水平線には眩しい光が少しだけ見えた
けれど



今日あれがここに届くことは多分ないだろう




自由詩 過去の歌、散らばる道 Copyright ホロウ・シカエルボク 2020-11-19 22:59:45
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