人混みのざわめき
こたきひろし


早朝
辺りはまだ暗い
耳たぶが凍りついてしまうくらい寒い

ホームで電車を待っていた
十九歳
半年振りに帰郷する

一人だった
彼は落ち着かない
気分が高揚している

昨年の春に辺鄙な田舎から東京に出て来た
故郷を捨てた訳じゃない
生家に居場所がなくなったからだ

親は高校迄は出してくれた
それ以上は面倒みない
みられない
後は自力で生きてゆけ
と言う
追い出しだった

住むところ
食べる物
着る物
は自分で働いて手に入れろ
と言う
追い出しだった

東京に夢も憧れも持ってなかった
東京は嫌いだった

四十年以上がたっていた
彼は東京に住んでいない

地方の市に住んでいた
家族を持って一戸建てを買って住んでいた

娘が二人
二人共中学途中から不登校になった
未だに彼はその原因と理由を娘らに問いただしていない
どうしても怖くて聞けなかった

長女は引き篭もりから自力で這い出したが
次女はそれが出来ずにいる

彼は彼の父親がしたように
追い出しが出来ない

これは真実の愛情なのか
そうでないのか
の自問と内心の葛藤を繰り返すままに

ひたすら
ひたすら
現実から眼を反らしている



自由詩 人混みのざわめき Copyright こたきひろし 2020-11-19 07:08:38
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