泡姫の記憶
板谷みきょう

たしか
あの頃のボクは
人混みに紛れながら
孤独に苦しみ
絶望していたのだ

星さえ見えない
昼間のような夜の繁華街で
ビルとビルの間を行き交う人々が
楽し気に見えて
何もかもが羨ましく思えた

性欲も失せて
不能者になっていたが
それはそれで
別に困る事でも無かった

朧げな記憶を辿る
ススキノの店で
歌っていた当時
階段を降りた地下に
トルコ風呂が有った
60分コースで
指名料込みでも八千円

歌い終えて帰る途中に
立ち寄り
そこで寂しさを
紛らわすことを覚えた

お風呂に入って
泡姫と話すだけの60分

いつしか
馴染みの泡姫が出来て
いつも
「今日も
何にも
しなくて良いの?」と
股間を弄っては聞いてきた

「今度ウチに来なよ。」
そう言うと
大通西20丁目のマンション
801号室の住まいを
教えてくれた

泡姫は
インコを飼っていて
1LDKに住んでいた
暫くして
泡姫の仕事のない日には
そこで
ボクは過ごすようになってた

ある時
ドアチャイムが鳴って
泡姫が慌てて玄関から
ボクの靴を持って
ベランダに追いやった

チンピラが入って来て
出て行くまで
息を潜めて隠れてた

「もう大丈夫。」
泡姫がそう言って
ベランダから部屋に
戻してくれたけど

凄まじい程の恐怖に
泡姫の記憶は断片的

あの頃のボクは
絶望していたのだ


自由詩 泡姫の記憶 Copyright 板谷みきょう 2020-11-13 23:23:33
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