白の惑星
道草次郎
躁うつ病がデフォルトの惑星の住人にもメンタルクリニックはある。という事はつまり、一人の男が気分の波の喪失に困り、とあるメンタルクリニックに足を運ぶこともあるのだ。
紫色の雨の降る、春でも夏でも秋でも冬でもない第五の季節には、ことにそういう患者は多いようだ。
男が話し終えると、医者は事務的に笑った。
「では、精神不安定剤を出しておきましょう」
「イエス、ドクター」
男はひねくれ者だった。男はときどき自分の夢のなかで、安定した精神がデフォルトの惑星の住民でもあるのだった。ドクターなんかに俺の気持ちが分かってたまるかい、そう男はひとりごちた。
だがもちろん、精神不安定剤はちゃんと服用した。薬の効果はてき面で、だんだん男は自分が正常になっていくのを感じた。精神が不安定で仕方なかった。男はいても立ってもいられず、ふたたびクリニックに行くとドクターは言った。
「精神が不安定なのは良いことですよ」
「イエス、ドクター」
帰り道、雨上がりの空にモノクロの虹が架かっていた。男は思った。ああ久しぶりのちゃんとした虹だ。ずっと虹色の虹しか見えなかったのにやっぱりドクターは正しい。そのうちきっと空色の空や小麦色の小麦、上手くいけば黒色の黒なんかも拝めるかもしれないぞ。
躁うつ病がデフォルトの惑星の午後はこのようにしてまた、その白さを失って行くのだった。