今、人間父さん 元狐
板谷みきょう

「ハトと一緒に
風呂に入ってよ」

働き先から
帰宅した妻が言った

「分かったよ」

そう言って
沸かしてた風呂に
入学前の娘と
入ったものの

温めの風呂でも
ノボセてしまう性質なもんだから

「ハト。
父さん、先に上がるよ」
そう言って湯船から
出ようとした時

「お父さん、どしてお尻に
傷があるの?」

娘が湯船に浸かり乍ら
尋ねてきた

     ボクは劇症肝炎で昏睡状態になり
     絶対安静で一ヶ月以上入院した
     その時 仙骨部に
     褥瘡ができてしまっていたのだ
     浴槽から出る時に娘が
     目敏く傷跡を見つけたのだった

お風呂から上がり
パジャマに着替えさせて
布団に入って添い寝しながら
ボクは徐に娘に話し始めた

「お祖母ちゃんから聞いた話だけど

お祖父ちゃんがお祖母ちゃんの為に
狐の襟巻を作るのに山へ
狐狩りに出かけたんだって

その時に
撃たれたお母さん狐が
子狐だけでも死なないようにと
子狐を人間の赤ちゃんに
化けさせて
家の前に置いて死んだんだ

お祖母ちゃんが玄関で
泣いてる赤ちゃんを見付けて
家で育てることにしたんだ

その晩に
お風呂に入れようとしたら
赤ちゃんに
尻尾が生えてたんだって

お祖母ちゃんは直ぐに
これは
昼間に撃たれた狐の
子供だって判ったんだ

このまま育ててたら
いつかは狐に戻ってしまう
そう考えて
お祖母ちゃんは
赤ちゃんの尻尾を
切ってしまったんだって

お父さんのお尻の傷は
尻尾を切った跡だって
お祖母ちゃんが
教えてくれたことがあったよ

だからお父さんは本当は
人間じゃなくって
キツネだったんだよ」

娘は眠るどころか
お父さんが
人間じゃなく狐だったことに
驚きながら

「尻尾
切る時、痛かった?」と
尋ねてきた

「小さかったから、覚えてない」

それから寝る時には
その話を
何度もせがんでいた

宮崎から
鳥取に越した娘は
未だにLINEで
『朝、車を走らせてたら
道端に狸か狐かが居たけど
アレ、オトン?』

だから
『心配だから
見に行ったんだけど
バレてた?』
そう返すと

『だと思った』


自由詩 今、人間父さん 元狐 Copyright 板谷みきょう 2020-11-10 23:48:13
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