僕と誰かの狂詩曲(ラプソディー)
月夜乃海花

耗弱(こうじゃく)せよ
己(おのれ )が故ゆえの過ちなり
絶えず尼が故
汝自ずと死に導きたり

___

………

Zero is Yearning for Xanadu
桃源郷を乞い続ける無(ゼロ)


赤と呼ばれていた少女はいつも水仕事をしていた。常に里親に殴られた青痣や赤い顔面は涙のせいか、寒さのせいかわからなかった。


いつも傷だらけの君に僕は「逃げよう」と言った。君は首を振る。
「負けたくないの。あたし。こんな奴らに、いつか見返してやるの。」
ただ、笑う君は今日も目と顔が紅く染まっていた。


嘘だ。赤が盗みを働く訳なんてない。絶対あいつらだ。可哀想な少女は知らない男たちに連れられて行った。最後まで
「私は足掻き続けてやる!」
と言っていた君が忘れられない。


駅に向かう。赤の手を引っ張って。なにも考えてなかった。ただ、この子を可哀想な少女を救いたかった。
「国に帰ろう。」
僕の言葉に君は何と言わず遠くを見つめていた。


彼女は屍肉を貪る野犬のように生きていたのかもしれない。ただ、生きる為に。
汽車の中、静かな音ねが響く。
がたん、ごとん、がたん、ごとん
気づけば、呼吸の音も何も無くなった。どんなに叫んでも、もう彼女には何も見えないし、聞こえないだろう。
瞼に指を当て、眼を閉じさせる。

「どうか彼女に安らぎを。」

………

What is Virtue of Untitle Thing?
名すら付かぬ善とは如何なるものや?


「過去に罪を犯しました。」
黒いベールに包まれた未亡人は淡々と告げる。
「私(わたくし)は夫を殺したのです。」
これは懺悔室での記録だ。


「気づけば私(わたくし)もこんな年齢になりました。」
淡々と告げる女の掌は黒のレースの手袋で隠されていた。
「あの頃は幸せになれると思ったのです。」


「癖のように父は言い続けました。『生きている上では幸せで居なければならないのだよ、わかるかい?』、私にはそれが当たり前だと思っていたのです。」
顔は見え無いものの、涙が溢れているように見えた。


「決して不幸になんてならない。私はそう誓いました。そして、愛する人を見つけたのです。絶対に幸せになれると確信していました。それでも、私は気付いてませんでした。その愛する人は男では無く、女だったのです。」


「『婚姻は出来ない。ずっと隠していて悪かった。済まないことをした。』それがあの人の最期の言葉でした。次の日、あの方は首を吊って亡くなっていました。性別なんて関係ありませんでした。例え、父に反対されようと何だろうと幸せになれる、ただ信じるしかありませんでした。きっとその『幸せにならねばならない』という想いがあの人を殺したのだと思います。」

涙を流す女性。僕には何も答えられなかった。

………

Starting Rainy is Quickly Pity
こんなに容易く雨が降ってしまうのは


「最初からわかってたんだよ。お前は俺を騙してたんだろう?」
男は銃を女に向けている。
「俺はお前のために、どれだけの事をしたと思っているんだ!」
ひたすら女の顔面を殴る。
「お前なら、やっと俺を認めてくれると思ったのに。どうして!」


「仕方なかったのよ。だったらどうすればよかったというの?!」
女は叫んでテーブルに置いてあるワインの瓶を男に投げつける。ビロードの絨毯に紫の染み。
「アンタのお陰で確かに家はお金持ちにはなったわ。でもね、私は孤独だった。ずっとずっと独りだったのよ。」
男は頬から血を流し、女を睨み付ける。


「『素敵なお家ね、素敵な家族ね、なんて羨ましい。』、嫌なほど言われてきたわ。でも、私は幸せじゃなかった。私は最初からアンタとアンタの家族が大嫌いだったの!でも、婚約させられた!全部両親あいつらのせいよ。」
女は調度品、愛していた植物こどもたちを壊し始めた。紫に散らばった緑の破片。


「せめて、私は普通の暮らしがしたかったの。お金持ちになんかならなくてよかった。普通に愛されて、子供と一緒に幸せになりたかったのよ……。だけど、アンタは何をしたというの?ただ、稼いでただけじゃない!家庭を無視して!」
男の目には怒りと哀しみの色が浮かんでいた。


「そうか。」
男は銃を構え直す。
「だったら、一緒に死のう。」
「何を言ってるの?」
「俺はただお前となら幸せになれるとずっと考えてた。お前のために必死に金を集めていた。それすらも報われないならいっそ、全て終わらせよう。俺も疲れたんだ。もう終わりにしよう。」
男は自分の額に銃口を向ける。
そして、引き金を引いた。

幸せとは何なのか?
僕は人間が幸せになる方法を模索するために歩き続けるしかなかった。

………

Only it is Not our Mind
それだけが僕らの考えじゃない


「多分さ。これは神様からの試練なんだよ。」
子供たちが話している。その中の1番年上の少年は続ける。
「きっと、神様は僕たちを試しているんだよ。」
「にいちゃん、おなかすいたよ。」
「もうなんにちもごはんたべてないよ。」
「大丈夫、助けは来るから。」
青くて寒い海の上の船の中、半分以上水に浸かる金属の中で息をする子供たち。


「ちょっとだけ、ごはんちょうだい。」
「ダメだよ。これは本当に助けが来ないと確信した時じゃないと。」
「もう助けは来ないよ。」
子供たちの中の1人が泣き出した。
「だって、もうパパもママも居ないよ。みんなあそこだよ。」
その少年は海を指差した。


「冷たくなって、死んでいくんだ。母さんも父さんも死んだんだよ。」
泣きじゃくる少年。
「そうじゃない!母さんも父さんもまだ見つかってないじゃないか!言ってただろう!神様を信じなさいって!そうしたら、救われるって!」
「もう嫌だよう、おうちかえりたいよぉ。」
金属と塩辛い水の中で響く泣き声。


「手を繋ごう。みんなで抱き合おう。そうしたら、温かい。大丈夫。にいちゃんがみんなを守るから。」そう言うと子供たちは体を抱き寄せた。身体はみんな骨が目立ち、命の灯火も僅かに揺れるのみ。


「父さん、母さん。僕はみんなを守れるでしょうか。」兄は呟く。
「みんな、僕は食べ物を探しに行ってくるよ。それから、助けもないか探してくる。」
そして、走って船のデッキに出て行った。潮風が肌に染みる。急に涙が止まらなくなる。
「どうして、どうして。本当は僕だって辛いんだよ。」兄は泣き出した。
「でも、負けるもんか。僕は、僕は強いんだ。」

ぐっと涙を堪え、空を見つめる。この少年を見ているとかつて赤い肌をしたあの子を思い出す。必死に彼らは生きていた。これは試練なんかではない。だとしたら?
「あの、そこに居るのは?」

何も言わずに首を振る僕。頷く兄。

………

Life Kills to Justify for you.
己おのを正当化するが故に死に逝く人生


「何も意味もない闘いだ。そう思わんか?」
大量の銃声と爆音。灰色の塵と人が焼けた匂い。茶色く汚れた男たち。
「そんなこと言ってる暇があるなら、撃て!」
「へいへい」


「肉片が増えて、地面が焼かれるだけなのにな」
「仕方ないだろう。国の意向だ。俺たちにゃ、闘う力しか無ぇんだ。俺たちは闘うためだけに生まれた。違うか?」
「かもな。最後のアレもらえるか?」
「お前、本当煙草好きだもんな。」
「最期くらい吸って死にてぇよな。」


「ぬいぐるみ。」
「はぁ?」
「俺には娘が居るんだよ。たった、1人の可愛い娘がな。」
「そりゃ、知らんかった。」
「欲しがってたなぁって、今頃思い出したのさ。『パパのことずっと待ってる。次に帰ってきたら、待ってたご褒美にクマさんを買って!』ってな。」
「ははは。俺たちがあの世に逝っちまえば、それなりに金はいくんじゃ無いか?」


「ネズミと俺たちはどっちの方が命の価値が高いんだろうな?」
「さぁ。それは敵を殺した数に依るんじゃねぇかね。測る基準が無いからな。」
「おっと、弾が切れちまった。」
響く銃声。男に当たる弾丸。一瞬の出来事だった。


「ノー!しっかりしろ!」
撃たれた男を介抱しようとしている男。血は止まることを知らず、次第に身体が冷たくなっていく。
「もし、」
死にかけの男は言う。
「もし、お前だけでも無事に帰れたら、俺の、大事な、む、すめに、ぬいぐるみを」
「ああ、オーケーだ。」
男は目を開いたまま、息をしなくなった。
「畜生!」
残された男の闘いは終わらない。

人間同士で何故戦うのか?
ちっぽけで無意味な命に、僕は眩暈が止まらなくなった。
貴方が言っていたようにそんなに人間は愚かなのだろうか。

………

I'm Here
ここにいるよ


「春になったら、パパはかえってくるっていってたね。」
白い病室。様々な器具に繋がれた少女。泣き腫らした母親。最期が近い少女の肌は白く美しく、儚かった。
「そうね。そうよね。」
母親は知っている。娘の父親は戦死したことを。


久々の電報が来た時はついに戻ってきたと信じていた。しかし、電報内容はただ一言。男が亡くなったことだった。無事に帰ってきた片腕しかない男から、父親の遺言を聞いた。急いで母は娘のためにぬいぐるみを買った。戦死した夫の一部の骨以外、何も送られない哀れな母娘。


「ふわふわしたクマさん。わたしのおともだちよ。」娘にはもうぬいぐるみを抱く力は無い。本当は話すのでさえ、辛いだろう。
「ごめんね、ごめんね。」
ただ、謝ることしか出来ない母。
身体が弱かったせいでほとんど外に出られなかった娘が不憫だった。
「いいんだよ、ママはがんばったよ。」


部屋には器具の音だけ響いている。
「あのね、パパがむかえにきたよ。」
「何を言ってるの?」
「パパ、おかえりなさい。」
「待って、待って!」
娘は笑顔になる。窓を見ながら。
「おそときれいだね。」


「ほんとうはママとパパとおててつなぎたかったな。でもね、右手はパパがにぎってくれてるの。」
無言で母は娘の左手を握りしめる。
「いまね、すごくしあわせだよ。ママもパパもクマさんもいる。何にもこわくないよ。」
心音が止まる。振動は直線へ変わる。
残された母の叫びだけが白い部屋に残された。

右手を握っているのが父親ではなく、僕だということに娘は気付いていたのだろうか。とても優しい顔をしていた少女は次こそ幸せになるだろう。幸せになると願うしか無かった。

………

Gravity of Full liberty
必要十分な自由にて掴みたる重力


「ままー。」
ピンク色の頰の子供が微笑んでいる。
居間の写真たち、一人で少女が笑っていた。


「みんなが幸せならそれで良いんです。それで良いんです。私はただの道具です。会社にも使われて、親に使われる。それ以上それ以下、何があると良いのでしょうか?」


「無言で居るつもりですか?都合よく拝まれて。まぁ、使われてるのも貴方たちと同じだ。あはは。悪いのは神ではなくて、神を都合よく使う我々人間の問題なのですよ。」


目がただこちらをぎょろりと覗いている。
覗いてはいけない。きっと、深淵に飲み込まれてしまうからね?
「確かに『君は何か他の人とは違う』とは言われましたけども。常に排斥されていました。子供の頃から『君はどうしてここにいるの?』って。聞きたいのはこっちの方なのに。いっそ、海にでも潜ってしまおうかなぁ?深海魚には浅いエメラルドブルーが案外辛いものですよ。」


「もう、満足です。私は。人間の愚かさもそれ以上に__。いえ、何でも。私の役割は終わりましたから。」

どうして、君の目はそんなに哀しいのだろう。
君、いや君は貴方、か?
おかしい。こんなはずでは。
まさか。決めてあった台本とは異なり過ぎている。

………

EnD.
顛末


「やめませんか、こんなこと。」
「こんなこと、とは?」
「最初聞いていたようなストーリーと違います。」
「というと?」
「僕は貴方のために様々な人たちの生き様を見てきました。そして、その話を貴方が巧く纏める、違いますか?」
「そうでしたね。でもさ。」


「夢は長続きしないのですよ。確かに今回の詩、いやこの長さでは短編小説みたいになってしまっているけれどもプロット的には小さなエピソードをまとめる。それが1つの曲になる。狂詩曲(ラプソディー)って知らない?確か、数年前にとあるバンドの曲で」
「だから、僕は__。」
「黙りなさい。天使もどき。」


「要するに、私は貴方を『綺麗な少年天使』として描き、貴方へ解答を求めるつもりでした。」
「解答?」
「このアルファベットの順で考えていけば、最後のAはどうなるかわかるでしょう?」

ああ、彼女は悪魔だ。僕らは何も抗えない。
これが作品の中の感情を持つ僕らの運命だ。
書くものに創られ、殺される。神なのはそっちだろう?

………

Contemporary literary writer is Bad tempered.
現代作家はお冠(かんむり)


乱気流よりも激しく、それは唐突な暴走だった。珍しく私にとっても。綺麗事を願っても、それは架空だからこそ美しい。白い部屋で隣のぬいぐるみが「ぷきゅー。」と鳴いている。


理由なんてあるようで無い。簡単に人は勝手に罪を背負い、罪を捨てて犠牲者から加害者になる。ここまで人間は愚かだっただろうか。だからこそ、この詩では人間の儚さや美しさを語る、いやそこの少年に騙かたらせるつもりだったさ。


ルーターの赤と緑の点滅。まるで信号のようだ。赤で止まって、緑で渡れ。信号機の意味をいちいち理解して歩くものなどほとんどいない。そう、規則(ルール)の意味を理解せず回り続ける歯車のように。


「連続した攻撃、一種の悲劇の波に揉まれた私は絶望しました。今回、父を殺そうと思って包丁を持ったのではなく、ただの威嚇です。権力には武力行使するしかありませんから。」

私の声が聞こえる。昔から両親に私は人生のペースを崩された。それでも、必死に生きるために逃げたり、足掻いてもこの顛末じゃないか。


路頭に迷う自分。
この先の人生が何も見えない。
「もっと綺麗な世界があると信じていたかったんでしょう?自分の希望を信じるために。」
「ええ、その通り。馬鹿げでるでしょう?」
唯一、少年は今回マトモな答えを出してきた。

………

Answer.
解答

わたしはただ、希望
を持ちたかった。でも、もうわかりませ
ん。もう、いいんです。

___

結局、この作品は何だったのだろうか。
誰にも理解されることなく、悟られる訳でもなく、通り過ぎられて死ぬ。
我々は書いて読んで殺すのだ。作品を。
これは駄作!あれは傑作!
一番傑作なのは我々そのものの存在だろう。
人生という作品すら潰されるのか。潰すのか?

「もういいんだよ。」

涙を拭く指の温もりが頰に伝わる。

「十分やったじゃないか。僕は認めるよ。」

ああ、馬鹿な天使がこんなところに居やがる。

周りには誰もいないし、音だって鳴っていない。だが、そこに居るのを感じる。
でも、それでいいのだ。


「私の人生は僕が理解しているつもりだよ」


自由詩 僕と誰かの狂詩曲(ラプソディー) Copyright 月夜乃海花 2020-11-04 09:16:54
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