フルートを吹く女 その他の人々
道草次郎

「フルートを吹く女」

席替えされた感情は
放課後のアコーディオン
音符に躓き
無意味へ倒れる込むあたしは
音楽室の虜
いない恋人との連弾は
なぜかいつも
夕陽に染まっている
あたしは
風下には立たない
髪の結び目を
誰にも見られたくないから
フルートを吹いて
ハンカチをしまう
音色で描けたら
あたし
うろこ雲を
画架にしたい



「無口な漁師」

主語を殺せば
飛魚とびうおが空から降ってくる
聖なるものは
みな構文を欠くと思う
俺の寡黙は
俺の錨だ
広洋ひろうみの真ん中では
直下型の
湯煙ばかりが
昇ればいい
そういう思想が
俺の肩には
生え揃って久しい



「古山の探検家」

輻輳ふくそうする羊歯類は
隕石の詩想だ
死んだ森は
完璧な平等をたもち
黒ずむ岩に座ると
深緑の観想が
後ろから抱き付いてくる
かつて展開した
図書室のジュラ紀は
今膨大となり
礁湖ラグーンの名残りの上に
後世ごせの堆積燃料
つまりは私
が立っていることをるのだ



「学者」

ライフワークを妻にれて貰い
書斎のジャングルで僕は朝の珈琲をすす
従兄弟たちは絵手紙の
エッフェル塔に暮らしているそうだ
弟は熱帯に嫁入りした
子供たちはダイニングキッチンのテーブルの下に
ずっと隠れて驟雨しゅううを凌いでいる
羊皮紙の巻物が列ぶ書棚から
メタフィジカルの烙印を取り出し
書きかけの原稿へ新しいたきぎとしてくべてやる
神経編みのセーターの袖が黒檀の机に触れると
僕の世界観は唯物論に仮装してしまう
僕の罪は僕の背中に凭れたもう一人の学徒だ
パイプの紫煙のたゆたう先
思い出すのはロジカルハイのメタンフェタミン
一種動物として具現し
僕は家庭にしのぎを削っている



「童謡作詞家」

かなしみむこともないから
かなしませて欲しい
あかるいこどもは
やがて
おとなとなり
くらしにあれて山へいき
とんぼにかぜの花結び

さよならだけの
ような夏
落ち葉ばかり
骨の秋
冬にはいろりの
チロチロが
おぼろに霞に
春の紐

その紐をひけば
四季折々のことりたち
メロディーの梢に
舞い来てしばし憩える

かなしむことも能わず
くれる小径よ
わたくしよ


自由詩 フルートを吹く女 その他の人々 Copyright 道草次郎 2020-11-03 10:22:53
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